• follow us in feedly
  • 羊と鋼の森の映画の感想

    羊と鋼の森の映画をみた。

    自分なりのメモ。

     

    ・よかった

    ・最近思うのが、映画ってストーリーの展開だけが面白みじゃなくて、そのシーンの雰囲気や自分の心の動きや感覚を楽しむ要素があるんだな。ストーリー展開には観客を引き込む力がすごく大事で勢いとかテンポみたいなのに左右される。スローでのんびりなタイプの映画は先述した楽しみ方をするんだなと、みてる最中に思った。

    ・そう、だからこの映画にすごくストーリーがあるわけじゃない。

    ・いろんなことが不安で自信がない高校生の青年がだんだんとこれをやってみたいと思えることに出会い、それに対してひたむきに向き合いながらやっぱり自分はダメだとか落ち込んだりしながらも、しだいに自分のやってることに肯定感(これでいいんだ)をもてるようになり、意志を持ちはじめる。自分のこうなりたいっていう道筋を見つけ、そこに焦点があいはじめる。そんなストーリーでした。

     

    映画をみて書き残したいなと思ったこと、下記の3点。

    ・無意識に自分を癒やしてたことに気付けた

    少年期にはピアノのコンクールで賞を取るくらいの腕前の青年が今は引きこもりになってしまい、その少年がまたピアノを弾くことで生きたいと思う力みたいなものをとりもどすようなシーンがあるのだけど、そのシーンにとてもわたしは惹かれた。よかった。小学生くらいの自分がひたすらにピアノを弾いていた光景が急に思い出された。

    わたしは当時、実家や学校がとてもつらくてつらくて、なにもしたくなくてなにも考えたくなくて、帰宅したら両親が帰ってきて怒られるまでピアノを弾いてた時期があった。姉にピアノうるせえと怒鳴られるから姉のいない時間帯を盗んでとか、音を小さくしてとか、とにかく弾いてた。下手っぴなのに。時々その下手さ具合にイライラするのに。

    あれは今思えば自分へのなぐさめだったんだな。いろんなことが自分でどうにもならなくて歯がゆくてつらかったのだけど、ピアノを弾いてるとその時間だけ何も考えなくてすんだ。自分で納得のいくいい音が弾けると気持ちよかった。「わたしはなんであんなに今はぜんぜん弾けないピアノをやってたんだろう、たいしてうまくないのに、もっと意味あることしたらよかった」とか思ってたこともあったのだけど、あれは何か将来のためにやってたんじゃない。あのとき、あの瞬間の自分をなぐさめ、癒やしてたんだと思う。とても意味があることだったんだなあと思った。それに気付けたのがわたしにとって意味あることだった。

     

    ・コツコツやるということ

    まだ専門学校を卒業したての青年が、あこがれの上司に対してどうしたらもっと一人前になるんですかときいたらコツコツ仕事をやりましょう、みたいな返答があったのだけど、コツコツってどうしたらいいんだって青年が悩むシーンがあった。わかる。わたしもひたすらコツコツってどうやるんだ、とにかく頑張ります!精進します!とか昔からずっと言ってた。今思えば頑張んなくてよかったんだと思う。コツコツ続けるのと頑張ることは対照的。過剰な気張りがうまくいかなくさせることが、よくあった。肩の力を抜いて、目の前のことを淡々とこなしていくことがだいじなんだと思った。そしたらいつのまにか残るものがあり、拓けてくるものがある。こっちの方面がおもしろそうだなとか、あっちの方が自分の性に合うなとかがみえてきたりする。それを大事にしたらいいんだと思う。自分が若いと、頑張ることへの焦点が遠すぎたり近すぎたりしてしまう。そのバランスが今でも難しい。

     

    ・みんなが「自分にマッチしたいい仕事」に出会えたらな

    自分はこれをやりたい!大変だけど楽しい!いつかこうなりたい!と熱量や意志をもてる仕事につけたら、それってその人の日々や人生がすごく楽しいことになると思うんだ。仕事は人生の半分の時間を過ごしてるから。いい仕事につけたら、それだけで人生単位で幸せなことなんだと思う。生きてる実感がもてると思う。

    ツイッターを見てると、少なくない人が仕事がとても嫌だと言っている。わたしの父も母も姉も苦しそうに仕事をしていた。そもそも仕事とは、お金を稼ぐためにイヤイヤ働かなきゃなのかな。嫌なことを毎日やるのって、それはとても苦だよなあ。

    わたしの場合、産後はずっと育児だけで周りの保育園がいっぱいで認可外保育所しかあいてなくて保育料分も稼げるのか分からなかったけどわたしは働きたかった。つまりそれは、仕事に対してお金以上の価値を見出したことだと思うの。子どもと離れる時間ということ、ひとりで何かに没頭すること、だれか自分たちと価値観や文化の違う他人と定期的に話すこと。

    なにかの本でも見かけたけれど、人は元来は働きたい欲を持ってるものなんだと思う。みんなが自分で気に入った仕事につけたら、それだけでみんなのイライラが減るんだと思う。もっと周りの雰囲気が平和なものになるんだと思う。

     

    この映画の青年は、仕事に対して最初はどうしたらいいかわからないし自分は才能も知識もないしと、うだうだもがいてるときがあったけど、この人を支えたいこの人が気持ちよくピアノをひけるようにこうありたい、と考えたときにぐっと顔が引き締まった瞬間があったのだけど、そういうのがあるととても素敵。道を見据えられた感じがとてもよかった。

     

    これで映画の感想はおわり。

    久しぶりに映画の感想を書いたけど、なかなか自分で納得のいく文章が書けなかった。自分の心の動きや考えたことをうまく自分の言葉で言い表せなかった。

    そんなときに、大学で受けたある出版社の編集者の人の講義について思い出した。あれはとてもよかった。

    自分の文章に赤を入れてくれるのだけど、その直しがなんだかわたしの気を楽にしてくれた。直すというより、より自分のことばで伝えてね的な感じ。感動とかのワードは思考停止だよと教えてくれた。何がどういう風に心を打たれたのか。いいことを書こうとしなくていい。自分の思考や感情によりそってあげることなんだ。だからものを書くのは自分の癒やしになる。

    わたしはすぐ音読みの熟語を使いたがるのだけど、展開した方が読みやすいし自分の言わんとすることにあてはまる。別に難しくなくていいし長くなってもいい。簡単なことをより具体的に。そこの遠近感がだいじ。近づいて近づいて、そして遠のいて全体像をみる。面白くない文章はずっと同じ遠近感で書く。抽象的すぎても面白くないし、具体的すぎても何が言いたいのかわからない。

    また上記のことを意識しながら文章を書く時間がとれたらいいな。

    昔はピアノやバレーをすることがわたしの癒やしだった。癒やしの方法をたくさん増やしたい。いまは文章を書くことは、自分の言いたいことをうまく書き表せなくてモヤモヤしてしまうことの方が多いのだけど、いつかはわたしの癒やしの方法のひとつになるといいな。

    ゆるりとした年末年始でした

    去年は矢のように一瞬で過ぎた。わたしの29年の人生の中でも、特に慌ただしく変化の多い1年だった。

    夫の転職活動、新居への引っ越し、そこで保育園の空きが見つかり急きょ息子を保育園入園させる、わたしの就職活動と資格勉強、夫の退職&有給消化&転職、わたしは新しい業界での就職が決まり仕事スタート、息子たび重なる発熱、一家3人で肺炎、わたしは肺炎をこじらせて1ヶ月半の休職、家族3人で初の旅行、認可保育園入園申し込みとそれにまつわることで雇用主との交渉、カーシェア利用、息子を年末保育、わたしのメニエール病再発などなど。

    特に前半はどかんと大きめの変化が続き、こんなことがあるのかと。

    週2〜3回の頻度で整体に通っていたのでお金もとんでくし、あわただしかった。

    始めた仕事はわたしに合っているかといわれると疑問だけど、それでも社会人としての再スタートをしっかり踏め出せたと思う。仕事をしてみないと自分には何が向いているか、苦手とするかわからないことも分かった。パートとしてだけどしっかりと裁量を持たせてもらいながら色んな方面の仕事をさせてもらっている。働く前よりも日々の風景にさらに色が増したかんじ。たのしい。

    でもやっぱり体力が足りない。時間が足りない。育児と仕事と家事のバランスが難しい。どれくらい気持ちや労力を注力していいのか、そのバランスをはかっていくのに悩んだ。そのこともあって夫とはたくさんケンカをした。今までで一番たくさんひどめのケンカ。息子から「ママ、パパとけんかしちゃった?えーんえーんしちゃったね」などどいわれる始末。自己嫌悪によくおそわれた。死にたさも幾度となく襲ってきた。でも夫もかなり変わってくれた。家事を自ら気づいて率先して動いてくれるようになった。ぼーっとしてるところは彼の短所でもあり長所でもあることがちゃんと分かった。お互いの苦手なところ、得意なところ、やっと各々で認識してそれがうまくまわり始めてる感じ。歩み寄りと諦め(いい意味で)。相手のすべてを受け入れて、仕方ないかと相手も自分も許せる余裕を持っていたい。もう「恋」の愛情は残っていない。残ったのは「戦友」のような深い愛。そういう意味で、わたしにはもう夫以上に濃厚な家族としての絆を感じられる相手はいない。代わりにならない唯一無二の存在。

     

    そして息子は、人間ってこんなに急に話せるようになるのか?というほど猛スピードでめきめきとことばを覚え、文章を覚えて、言語を獲得していった。毎日たのしみがあった。特に2歳2ヶ月頃〜2歳6ヶ月(現在進行中)は、目を見張った。目を丸くしてしまうくらい驚くことを言ってくる。育児記録が追いつかない。どんどん可愛さが増す。こんなに可愛くていいの?ととびきりの爆発的なかわいさに、もう愛情のバロメーターがぶっこわれている。

     

    メニエール病になって耳の聞こえが悪くなったとき、解放されたと思った自分がいて驚いたしおもしろかった。息子の夜泣きや夫のイライラする小さな声に対して、もうわたしは聞こうとしなくていいんだって思った。だってうまく聞こえないから。聞こえないから聞かなくていいんだって肩の力が抜けた感覚があった。病気は悪じゃない。それはとても平面的な見方だと思った。そういう気づきがあった。もっとわたしは、聞きたくないことは聞かなくていいし、まじめに向き合うばかりじゃなく逃げたりとぼけたり怒ったりして自分に素直にいてあげなきゃと思った。

     

    クリスマスは夫がスーパーで買ってきた2種類のローストチキンをたべた。息子も美味しそうに食いちぎって咀嚼していた。おせちは作らなかった。去年撮り忘れた2355 0655の年越しスペシャルも録画して1月2日にみんなで観た。クリスマスプレゼントの黄色いバランスバイクを息子は嬉しそうにまたがってゆっくりそろそろと歩き回っている。新居のリビングに絨毯を買ってからみんなリビングでごろごろ寝そべってだらだらを謳歌している。平和だ。平和なのが一番だわ。

    息子も野菜をちょっとずつ食べてくれるようになって、やっと家族3人で同じものが食べられるようになってきた。大変だったご飯の支度にも慣れてきた。ひとり遊びできる時間も増えた。あんなに臆病な息子が保育園のクリスマス会で大勢の保護者がいても泣かずにニコニコとあわてんぼうのサンタクローに合わせてマラカスをふることができた。息子の成長でいつのまにか楽になってることが多い。たいていのことは時間が解決してくれる。自分の力ではどうしようもないことにあらがわずに、がむしゃらに食いしばって頑張らずに、まあいっか、いつかはなんとかなるね、という気構えでいたい。そんなゆるさをもって2019年も生きていきたいです。

    ウチとソトの線引き

    わたしが気管支炎をこじらせ肺炎になり、文字通り倒れてしまったときの話。

    そこへやっぱり気管支炎をこじらせた2歳息子の面倒や通院、保育園送迎、わたしの病院の付き添いなどで夫も手一杯、生活が立ち回らなくなってしまった。核家族は本当にもろい。そこで夫の両親にヘルプを頼むとすぐにかけつけてくれた。

    義父母に家事全般をしていただいたおかげで自宅作業をしていた夫もやっと出勤できるようになり、息子もよく義父母になついたのでわたしは養生に専念でき、とても助かった。本当に涙がでるほど安心した。これでうちの家族はやっと回復にむかえるぞと心底ほっとした。

    ただ、義母がわたしのやることひとつひとつに口を出してくることがつらかった。とてもいやだった。息子の熱をはかりすぎ、神経質すぎ、もっと息子に薄着させろ、クーラーつけるな、寝かせようとするな勝手に眠くなったら寝るから(うちの息子は自分から寝ようとしない)、ちゃんと日頃から夫に朝ごはんをつくってやってるのかなど。

    わたしは干渉されすぎると強いストレスを持つ。うまく聞き流せなくなって自分の行動に自信が持てなくなってくる。だから、とても感謝しているのだけど、それとはまた別の軸で耐えられない苦しさも感じていた。

    わたしがいくら義母に「うちはいつもこんなふうにやっているので」とか「小児科の先生はこういっていたので」と説明しても素直にききいれてもらえないどころか角が立つような感じで、問題は解決しない。

    こういう、「他人の家庭にどこまで口を出すか」「口を出されることにどう対処するか」問題ってよくあると思う。

    どうしたらいいのだろうと悩みに悩んだ。夫に相談したんだけど、「俺が義母から守るよ!」とか見当違いのことをいわれて、なんかちがうんだよなあと思う。わたしは義母を敵認定しているわけじゃない。

    で、わたしが夫にお願いしたことが「わたしのためにもをまずは義父母を気遣って」だった。

     夫は義母の前では「息子」になる。息子に「もどる」というべきか。本人にはその自覚はまったくないのだけど、わたしは前からそれが苦手だった。

    夫は自分の両親に対して感謝の念をあまり伝えないし、あまり話そうともしない。質問されても携帯いじったりしてる。そういう態度は、相手に甘えてるんだとわたしは思う。甘えていることに無自覚。相手に「もう、しょうがないなあ〜」と思わせるということは、失礼を許してもらってるんだと思う。

    今回もせっかく急に義父母が遠いところから文句一つ言わずにせっせとヘルプしてくれているのに、夫の関心はわたしと息子。仕事から帰宅後、義父母への感謝のことばはゼロですぐに息子とあそびはじめ、わたしに「体調大丈夫だった〜?」ときいてくる。確かに優しいしありがたいのだけど、今のわたしにはそれが重く感じた。幼い行動に感じた。

     だから義父母が夫のことを「まだまだ頼りないわたしの息子」と思ってしまって、自分の息子やその妻に対して干渉してしまう心理があるのかもしれない。わかんないけど。

    わたしは夫に、自分の母親に対して線引きをしてほしいと伝えた。。誰が「ウチ」で誰が「ソト」なのか。義母に甘えているうちは夫にとっても義父母にとっても「ウチ」が「義父母、夫」なんだよ。夫の「ウチ」は「俺と妻と息子」、ソトが「義父母」であることを夫がちゃんと態度で示すことが大事なんじゃないか。ここからは入ってこないで、あなたたちとわたしたちはちがう家族だから、と。

    それをあらわす一番わかりやすい態度は、ちゃんと夫が義父母を「気遣う」ことなんだと思う。息子にもどらずに、対等な大人として接すること。それは感謝をことばで伝えたり、自分の考えをちゃんと説明したりすること。「今日も妻と息子の世話をしてくれてありがとう」「夕飯おいしいね」「買い出しのお金を払ってくれたんだね」「◯◯日までいてもらえるとありがたいな、予定はどう?」など。そういう気遣い。

    そういった態度が、義父母から「息子(夫)はもうしっかりしてるな。もう子どもじゃないな。自分で考えて行動できるんだな」という信頼を得られるのだろうし、「息子はもうあの頃の子どもじゃない、今は支えるべき妻と子がいるんだな」という子離れの一端の考えにいたるかもしれない。そしてそれが結果的に夫がわたしを義父母から守ることになるんだと思う。

     

    夫にこれを実践してもらったら、わたしに対して急に義父母が口を出さなくなった。本当に。むしろ夫に口を出すようにシフトしたのかも。義母も夫に言っても仕方のない部分をわたしに言っていたのかもしれないな。

    妻を守るためにはまず夫が自分の母との線引きをきっちりするところが大事だったのかもしれない。そしてそれは義母にとってはすこし寂しいことなのかもな。わたしも息子2歳がわがままを言わなくなって自分の奥さんをだいじにしながらわたしに感謝をいうようになったらすこし寂しさを感じてしまうかもなと思った。

     

    親になって17520時間

    息子が2歳になった。

    昨夜、息子の寝かしつけに大苦戦してくたくたになった夫と、お互いの母親業と父親業について2年間おつかれさまだったね〜とねぎらいあった。

     

    2年というとあっさり感じるね。むしろ730日間とか、いやいやそれに24時間かけて17520時間の方がしっくりくるわ。

    そうだね。寂しがりんぼの抱っこマンだから1年半くらいは一日中抱っこしてたし、1〜3時間おきの夜泣きは1年10ヶ月も続いたし、本当に文字どおり24時間だったね。

    うん。夜泣きは本当にきつかったね。

    うん、地獄だった。いつまで続くのか、と。怖かった。つらかった。息子に腹が立ったし首を何度もしめかけた。ただひたすらに眠くてだるかった。

    出口が見えなかったね。でも今はだいぶ落ち着いてきたね。朝起きたときに絶望を感じる日がなくなってきたね。

    わたしたちもケンカをたくさんしたね。たくさん泣いたね。たくさん仲直りしてきたね。

    17520時間、お互い本当におつかれさま。いつもお互いよくがんばってるね。いつもありがとうね。

    なんて話してた。

    息子が産まれて夫は、紆余曲折をへて今はもう誰にも代えがきかないとても大事な存在になった。他人と話をしていてこんなあったかい気持ちになれる人と出会えるなんて、10代の頃の自分からすると夢にも思わなかった。

     

    息子が産まれて良かったことが数えきれないほどあるけど、そのうちのひとつに「出会う子どもすべてがかわいいと思えるようになったこと」がある。

    それって幸せじゃない?

    簡単に小確幸が手に入るのよ。パッと子どもが目に入るだけで、顔がにやける。気持ちがフニャってなる。その子の幸を願える。それって嬉しいよ。

     

    明日からまた息子と過ごす731日目、17521時間目を始めよう。

    自分の気持ちを伝える練習をしてこ

    この前、児童館で会った3歳の女の子のことばがとてもよかったのでメモ。

    女の子(3歳)がお絵かきボードで絵を描いていたら、うちの息子(1歳半)が横からボードにお絵かきしをはじめた。女の子は激怒。「やめて!貸さないよ!」とお絵かきボードを取り上げる。息子はその剣幕にびっくりして泣く。

    女の子母「○○はもういっぱい遊んだよね。小さいお友だちにはどうぞしてあげたら?」

    女の子「いやなの」

    女の子母「なんで?」

    女の子「……。 ○○より小さい子どもだから、おもちゃ貸したい。貸してあげたい。でも今日はやなの。いやな日なの。貸せる日にまた貸してあげる!だから今日は貸さないの」

    女の子母「そっかそっか。それならしょうがないね。ちゃんとそれを小さいお友だちに伝えよう。ごめんね、今日はこれで遊びたいから貸せないのと優しく伝えてね。」

     

    わたしは感激してしまった。女の子はちゃんと自分の不快な気持ちに向き合って、その自分の気持ちを他者に説明できた。女の子は自分の気持ちを大事にできている。そしてお母さんもその子の気持ちを尊重してあげている。

    わたしは幼い頃から、友だちから納得のいかないようなことをされてもヘラヘラ笑いながら「いいよいいよ〜」と言ってしまう方だった。

    事を大きくしたくない。自分が諦めればすべてこの場はおさまる。自分の欲を抑え込む方が、相手に自分の気持ちを説明したりやりとりすることより楽だから。

    でもそれは、自分の欲をおざなりにしていた。それを友だちならず、親や兄弟にもしていたなあと。

    わたしの〜したいという気持ちはどこにも消化されず、ぐるぐると自分の中で飲み込むしかない。行き場のない感情。それをどう対処したらいいのかも分からないし、その放っておかれた悲しさや虚しさはどんどんと積み重なってしまう。

    この親子は、不満な気持ちとか、〜したい欲求に対して向き合ってるなと。我慢する以外の方法をちゃんと模索できてるなあと思った。

    自分のモヤモヤした気持ちを自分自身で把握して、それを相手に説明することって、大人でもできる人は多くないんじゃないかな。

    うちの息子も、自分自身の気持ちを大切にしてもらいたい。わたしも息子に適切なタイミングに、適切な言い方で、そういうことばかけができたらいいな。

    そしてわたしもそうありたい。ちゃんと自分の不満や欲求の気持ちを周りに伝えていきたい。できるだけ角が立たないように。でも時には角が立っても、伝える必要があるときは伝えたい。そういう癖をつけていきたい。

    日々の練習がだいじね。

    あの親子を見習っていきたい。

    脱却と軽さ

    去年もあっというまに過ぎた。

    今年もおそらく秒速で過ぎてくんだろうな。

    息子が産まれてから1日、1ヶ月、1年の時間感覚がずいぶんと変わった。はやくて濃い。

    ちゃきちゃきたくさんのことを速く動いてこなすよりも、ゆっくり確実にひとつひとつをこなす方がよさそうってこともわかった。わかっただけじゃなくて実行できることが増えてきたことに、自分を褒めたい。

    わたしも夫も日々に追われて、バッファーを失いがちだったけど、ちょこちょこ空き時間を見つけてのんびりしたり遊びに出かけたり、自分のための時間をとったりできるようになったな。

    去年を思い返してみる。

    ・ランニングをはじめた。

    ・英会話、英語の勉強をはじめた

    ・息子を連れたママヨガのプライベートレッスンに行きはじめた

    ・体調がだいぶコンスタントに保てるようになってきた

    ・コンディションよくないなというときも自分ひとりでヨガやマッサージなんかで立て直せるようになってきた

    ・体調がよくなることでイライラも減ってきた

    ・歩けるようになった息子と毎日めいいっぱい体を動かして、息子との時間を思いっきりたのしめるようになった

    ・他人からどう思われるかってことが以前よりも気にならなくなってきた。すごく楽になったな

    ・悪くない体調を保てることで、日々の動きに瞬発力がでてきた

    ・わたしのイライラの減りにともなって、夫も転職しようと思える余裕が出てきた

    ・新しい音楽とかいいなと思える人に出会えた

     

    息子が産まれて、ほんとうによかった。

    今までのあまり好きじゃなかった自分のものごとの考え方、時間の使い方からすこし脱却できた気がする。方向性のシフトができつつあるように思う。

    夫とわたしの関係も前向きになってきた。

    生きてく上で「どうにでもなるさ」っていう軽さをいつでも持っていたい。息子が産まれたことでついてくるしがらみみたいなやつも含めて、どこにだって飛んでいける軽さを忘れずにいたい。

     

    今年はひきつづき英語をがんばりたい。

    もうすこし文を書きたい。

    できれば働きたい。

    息子との時間を毛穴レベルで堪能したい。

     

    心の底から元気になりたいんだ

    自走式彼女

    リダイレクトの警告

     

    読んだ。

    わたしもかくありたい。

     

    夫がどうとか、子どもがどうとか、関係ない。

    わたしは、わたし。わたしが何をしたいか、どうありたいか。その上でお互いをサポートしたりサポートしてもらったり。一緒に共有できたらもうけもの。

     

    わたしは胃が弱い。いつもみぞおちが痛い。体のどこかが常時いたいと、いたくない人と比べれば、いろんなことが効率わるいし、よい考えが浮かばない。

    わたしはよく、のどの付け根が狭まる感覚になり、息が苦しくなる。そうすると息が思うように吸えなくて不安になる。不安になると余裕がなくなって、イライラしたりマイナスな考えになってしまう。

     

    わたしは元気になりたい。大切な夫と息子との時間を思う存分たのしみたいし、これからはわたし自身の時間をたのしんでいきたい。

    今までは、昔のかわいそうな自分を供養する時間だった。その時間が大部分をしめてた。親や姉のために自分を殺して、親や姉のために生きた。そんな自分をわたしはよく頑張ったなと、褒めたいしねぎらいたい。

    前までは、友達が家族とがたのしそうにしている話をきくと、なんともいえぬやるせなさと憎しみがわいた。周りを気にせず自分のやりたいことをやったり、周りを気にせず無自覚に不機嫌になる夫に、心底腹が立った。と同時に、焼けるような強い羨望の念があった。

     

    10歳から18歳までよくがんばった。甘えたい時期だったな。話を聞いてほしい時期だったよな。

    23歳の頃から、夫と一緒になって、夫とともに供養をよくやった。夫もよくがんばってくれたな。

    28歳になった。もういいんだ。

    ときおり出てくる、とてつもないさみしさを抱えた自分が表出してくるけど、それはわたしが自分で自分をなでてやる。ときどきは夫にも頼って、その都度供養してやる。

    もう、誰かにかわいそうと思われたり同情で優しくされる自分でいつづけなくていいんだ。心の底から、元気になりたいんだ。

    わたしは走ることにした。

    いつもいたいみぞおちの痛みや拍動、それから息苦しさが、走ったあとは落ち着く。

    わたしは、わたしのために走る。走るととても気持ちがいい。気持ちいいことを自分のためにしてやりたい。それがいつか体のどこにも痛みのない状態のわたしになれるのであれば、いつかその感覚を味わってみたい。

    わたしは、もう死にたくない!死にたいと思う自分はどこかへ行った。バンザイ!思う存分生きたいよ!!

    自分のことは自分で決めたい!わたしは自分で自分をしあわせにしてやるんだ!

     

    決意!

    夫よ、ゆかりよ、ありがと

    今日は離乳食のことを書いてみたい。

    息子、やっとごはんを食べてくれるようになった。

    2ヶ月ほど離乳食をぜんぜん受け付けなくてひたすらごはんをぽいぽい投げ捨てられる時期があったのだけど、そのときはかなりめいってた。息子の体重も2ヶ月で1kgほど減ってしまったから心配もした。

    離乳食をやめようかとも思ったときもあったのだけど、ときどき少しだけ食べてくれることがあったから、ごはんを用意しないわけにもいかない。

    でもたいてい部屋中にぽいぽい投げ捨てられるだけだから、毎食後にどろどろになった部屋の片付けと、びちゃびちゃに汚れた息子の着替えに白眼になる日々だった。(息子、スタイをすると激おこ)

     

    後追いがひどいときに、なんとかなだめながら必死で用意したごはんが部屋に飛び舞う光景は地獄だったな。

     

    部屋の片付けは一種の修行、息子への離乳食はお供え物だと思おうとしたけど、無理だった。作ったものをそのまま流しに捨てると、泣きたくなった。

     

    どうにかせねば、このままでは心がやられて立ち直れなくなる!と思って、登場したのがベビーフード!おもしろいことに、ベビーフードなら廃棄するときのつらみが少なかった。手作り離乳食を捨てるときのストレスはバカにならないな。

    食べようが食べまいがどうぞどうぞとごはんの支度を淡々とした。ベビーフードを開封して器にドバッ。ドラッグストアで買いだめしたな。

    もっと早くに手作りやめればよかった!

     

    そして、ベビーフード以上に効果を発揮したのが、夫の朝ごはん担当制。これが一番わたしの心が楽になったやつだった。何がうれしいって、離乳食の相談相手ができたこと。共感してもらえたこと。

    今まではわたしが離乳食をつくったものを、ときどき夫にあげてもらってたのだけど、それだと夫も頼まれた仕事をやるだけになってた。息子がなに食べてるかもよく知らない。主体性がない。当事者意識がない。自分の工夫がない。

    でも、夫と話し合って「朝ごはんは俺の仕事」になってから、息子の好みが分かってきたり、ベビーフードを自分で買いに行ったりするように。わたしにどうしたらいいかなとか、わたしにこうしたらいいんじゃないかなとかお互いに相談ができるようになった。

    「今日も息子たべんかったよ」「時間をずらした方がいいのかな」「息子、みかんなら食べるね」「おかゆの形状、もっと水分少なくしたら食べがいい気がする」とか、そういうの。

     

    ひとりで赤子をみていると、もんもんとしてしまうときがある。前から夫に相談してたけど、うんうんそうかと聞いてくれるのみだった。周りのママに相談しても、離乳食事情も発達度もその子によるし、うちはさほど参考にならなかった。

    だから、やっぱり相談に乗ってもらったりよき理解者になってもらいたいのは、その子のお父さん、そしてわたしの夫。夫と育児についてあーでもないこーでもないと言えるのは、心が軽くなる。

    この気づきは大きかったな。当事者意識だいじ。この子はあなたの子だよ〜。あなたも自分で考えて動いて〜。これからも夫も巻き込んで育児していきたい。

    夫はひたすら一時保育に預ける時間を増やしてみたらといってて、確かに定期的に預けると気持ちもスッキリするのだけど、結局苦痛な息子のごはんの時間は1日3回あるわけだから、根本的な解決になってなくて、それじゃない感があった。

     

    結局息子は、ある日を境にごはんをもりもり食べるようになった。1歳目前の頃にわたしが食べてたゆかりごはんを息子が欲しそうにするからあげてみたら、おいしそうにもしゃもしゃ食べたことがあって、それ以来はさほど困ることなく食べてくれる。ゆかりのふりかけ見ると大興奮するくらいに食いしん坊になった。三島のゆかり、ありがとう。

    今では子ども用茶碗一杯ぺろり。体重も1週間で1kg近く増えた。増えすぎやろ。

     

    でも、息子が食べる食べないが問題じゃなくて、夫を巻き込んでの育児ができてなかっただけだった。息子の離乳食たべない問題はそれに気付くきっかけになった。

    今週2回目のブログ。雑だけど書けてうれしい。

     

     

    出産してから1年たった

    気付けば息子を出産してから1年がたとうとしてる。

    生活の流れが急激に変わって、息子中心の日々にもやっとなんとか慣れつつある。いまだに夜中3〜4回の夜泣きがあるけど、そんな細切れ睡眠にもすこしだけ身体が慣れてきた。

    息子のおかげで前は夜中の2時に寝てたのに今では22:30には消灯するように。夫の帰宅時間も22時から21時、ときどき20:30へ。

    夫婦の時間も1人の時間も激減して、ゆっくり考えごとをする時間もほとんどなく、今まで生きてきた27年間の中で一番あっという間に過ぎた1年だったなあ。でも、わたしという人間が一番変わった1年だった。すごいすごい。

     

    夫とも数えきれないほどケンカをして、そのたびに仲直りをしたから、最近ではイラっときてから仲直りするまでの時間がかなり短くなった。ライフハック

     

    休日に夫と交互にひとり時間をとってて、もう少しで今週のわたしのひとり時間がおわる。

    日々に追われる生活をしていると、自分が何をしたいのかが認識できるようになる。それはよいこと。ひとは追い込まれないと大事なことが見えてこない。

    いまは数学の問題を解くのにハマってる。ひたすら我を忘れて問題を解いてる。すごく心地よい。0歳児といるとなにかに集中する時間がなくなる。なんの生産性も意味もないけど、そんな時間がしあわせ!あと、小説。小説がどれだけわたしも助けてくれたか。気分転換という意味だけじゃなく。

    特に村上春樹の眠る女の小説は文字通りわたしを助けてくれたな。

    あと、いつも息子がわたしも助けてくれる。

    息子のとびきりの屈託のない笑顔にどれだけ助けられてることか。

     

    子育てをして1番の勉強になったこと。それは自分と折り合いのつけ方を見つけることだった。仕事でもなんでもそうだな。

     

    もっとちゃんと書きたいけど、いつもブログを書きだしてもまとまらないからといって下書き保存してそのままポストすることなく下書きが増えてくだけだったから、これでいいのだ。公開することで第一歩になるのだ。

    おわり。

     

    ちょこちょこと自分の欲を叶えてやろうな

     あまり時間がないけど、とにかく書いてみる。

    子が産まれてから圧倒的に自分の時間がなくなった。子の世話と家事しかできない。いや、家事すらあやうい。特に0〜3ヶ月まではひどかった。息をつく暇のないほど怒涛の日々で、わたしってどんな人間だったっけと考えてしまうほどには自分の時間がなかった。

    今は息子の成長とともに、一息つける時間が増えてきたはものの、自分の時間を作ることの難しさとその大切さを痛感しているところ。

     

    息子はよく泣く子で、低月齢の頃からわたしの姿が見えなくなるとすぐに涙をぽろぽろ流しながら号泣していた。こんなに泣かせてまで家事をする意味とは?とよく考えた。

     

    わたしが何かをしたいと望むことで、結局それをすることができなくてイライラしたり不満を抱いてしまうケースがほとんどだったから、それならば何かをしたいと望むことをやめようと思った。

    自分の時間がほしいと思うとイライラしてしまう。だから、ただひたすらに無心になりたいと何度も思ってしまう。

    ひとりで散歩したい、好きな作家が出した新刊を読みたい、二子玉でやってる展示会に行きたい、新しくできたフレンチのお店にランチしに行きたい。

    いや、もう根源的なところからいうと、寝たい。心ゆくまで寝たい。一度でいいから5〜6時間まとまって寝たい。あとは欲を言わないから、息子のことを気にせずのんびりごはんを作ったりだらだらと洗濯物をたたんだりしたい。でも、叶わないことばかり。

     

    だから、欲を持ちたくない。目の前にあることにアルカイックスマイルで淡々と取り組んでいたい。毎食納豆ごはんだけで満足できる体になりたい。4時間睡眠でも動ける体になりたい。家にずっと引きこもっても大丈夫な心になりたい。いつも息子の世話しかしてなくて平気になりたい。

    何かをしたいという望みを持ちたくない。

    もう修行僧みたいなことをよく考えてたし、今も時々そう思う。あやうい状態。

     

    でもでも、人間だから何かをしたいと思うのはとても健全なことだし、それを押しつぶしてしまおうとするのはどこかに歪みがでてきてしまう。たとえば仕事に毎日出かけられる夫にイライラしてしまったり。

    だから、ちゃんと、自分の何かをしたいという気持ちに向き合って、折り合いをつけながら少しずつ叶えていってあげたい。そのためには夫や周りに甘えなきゃな。

     

    ちなみに、したいことというのは2種類に分けられる。1つは主に洗濯や部屋の掃除とか離乳食を作ったりするような、家族のために時間をさくやつ。

    もう1つは自分ひとりがたのしむための娯楽のやつ。

    奇跡的に空いた時間は、どうしても前者にさいてしまいがちになる。

    「今のうちにあの料理だけ作っちゃいたい」「洗濯物だけたたんじゃおう」「このすきに離乳食のじゃがいものペーストを作っちゃっておこう」とかとか。

     

    結局、手放しで15分以上の空き時間がなかなかとれず、自分の娯楽の時間は夫に息子を預けないととれない。それも月2〜3回ほど。1〜2時間。

    これは不満のもとになる。奇跡的な空き時間こそを自分のためだけに使うようにしたい。

    好きな小説を読むだけで、ひとりで街を歩くだけで、そのあとに対面する息子が数百倍かわいく思える。夫に数千倍やさしく接することができる。プライスレスな時間。

     

    育児に大事なことは、ちょこちょことした不満を積み重ねないこと。ちょこちょことした満足感を積み重ねることなのかもしれないな。