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    わたしは博愛主義的なところがあって、それは八方美人とも言われる。優しいからじゃなくて自分に自信がないからだと思ってたけれど、最近こどもの頃大好きだった児童書『みどりのゆび』と図書館で再会して、そもそもわたしは優しい気持ちを持ってる人に憧れがあるんだ。

     

    優しいだけじゃ結局自分が傷ついたり身体が持たないことが大人になって分かったけれど、根本的に優しくありたいのは悪くないし、それがわたしなんだわ。

    こどもらしいとか大人になりきれてないとかあるかもだけど。

     

    仕方ない。変われない根幹的なところなんだ。

    それはこどものころから、おばあちゃんとお寺に通っていて、お互い様やお陰様の精神が深く刻み込まれてるからだと思う。それは、おばあちゃんのいつも人のために動いてる姿に憧れとかすごいなとか思ってたからだと思う。

     

     

    自分を守るために相手を攻撃したり、困ってる姿を見てみぬふりするのは、わたしの生き方にそわないんだとおもう。

     

    愛想笑いをする自分は弱いんだと思ってたところあるけど、人からつけこまれないように、ぞんざいに扱われないようにと目を鋭く声を低く淡々と話す自分が自分らしいかと言われたら、やっぱりしんどい。

    相手を守るために自分をなげやりにするのもちがう。

    でも、中学生の頃、雨にも負けずの詩を読んで、深く意味も分からずともものすごく胸が熱くなったことが強烈な体験として覚えている。やっぱりわたしはこういう人になりたいんだ。無理だとしても。馬鹿正直と笑われても、ひとからぞんざいに扱われても。

     

     

    わたしには信仰がある。あたたかい心がある。神様がみていてくれたら、それでいい。それで満足する人になりたい。

    満足する人になるんだ。

     

    夫からどう思われるか、母親からどう思われるか、そんなことは無理だ。人からの評価は思い通りにならない。

    損とか得とかなんてどうでもいい些細なことだ。

    わたしは、自分の大切にしたい心を大切に守ればいいんだ。

    人からぞんざいに扱われたら悲しくなるけど、そのたびに落ち込めばいいんだ。心身をすり減らせばいいんだ。

    でも、自分の大切な家族に機嫌良くいられる分は残しておくんだ。わたしの1番大切なのは家族だから。

    本当に、本当にささいな余裕しかいつも残ってないよ。家族にも優しくできなくてイライラしてしまうよ。そしてまた自己嫌悪。

     

    わたしのことを粗末に扱うのなら、放っておけばいい。でも、助けを求めてきたら助けたい。今はみんな気軽に助けてがいえない。わたしも言えない。だからつい、おせっかいをしてしまう。

     

    セーブするくらいがこの時代にはちょうどいいのかも。

    わたしは人のことを見る目がない。誰でも信じてしまう。特に人当たりの良い、良いことばかり言う人を信用してしまう。アムウェイ的なことをいうひともいつも人当たりがいい人だった。口がうまい人だった。

    困ってる人を助けたいと思えばつけこまれる。

    困ってる人は助けてもらうことを望んでいない人もいる。おせっかいをすることで嫌がられることもある。

    塩梅が難しいけど、ちょっとしたお節介は図々しくやっていきたい。

    人から嫌われたり煙たがれることを引き受けずに、自分の好きな生き方はできない。

     

    困ってる人を助けたければ、まず自分のことをちゃんとしろともいわれる。いつも機嫌よくいたい。まずは。まずは。

    ルーティンを大切にしよう。不安や心配なこたにとらわれすぎないようにしよう。いつもゆるませ、目の前のことに集中して没頭しよう。

     

     

    夫には悪気はない。

    じゃあ、伝えずに我慢するのかいいのかといわれたら、そらもちがう。

    怒りの心が静まったそのとき、余計なことばわ取り除いて、おかしいと思うところをそのまま淡々と伝えること。

     

     

    今日はママ友に「さぞ〜なんだろうね」というような皮肉を言ってしまった。

    本当に思ったことだけをいえばいい。おもしろおかしくなんて、いいよ。

    うまいこと言おうとしなくていい。

    人を傷つけるくらいなら、面白くない人と思われたらいい。

    うまいことを言おうとして、うまいことを思いつかなくて、沈黙が怖くて、焦って相手を嫌な思いをさせることを言ってしまう。

    そんなことばかり。

     

    自己嫌悪にはもう飽きたよ。ほとほと疲れたよ。ひどい自己嫌悪に陥ると、家族にも周りの人にもそもそも全然優しくできなくなる。

     

    しょうがないよ、全部を完璧にできる人なんていないよ。

    こうしたい、ああしたい、うまくできやかった、ごめんね、ありがとうね、やっぱりこうしたい。この繰り返しだ。

     

    しょうがない。

    人間だもん。怒ったりしちゃう。腹が立ったり、嫌なことを言ってしまったりしてしまう。

    少し落ち込んで、次は言わないぞ!次はこんなこと言おう!って気楽に生きてくぞ。

    深刻になっても、良いことなんかひとつもない。

    ひとつの具体的なことは、そのままひとつの具体的な行動として扱いたい。

    前もそうだった、あれも結局はここにつながるんだ、と、どんどん引き合いに出してつなげてさらに自分のよくないところをどんどん大きな問題にしていく。そして落ち込むスパイラルはしんどい。やめたいよ。

     

    朝のコーヒー屋さんにて。