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  • 我が子を持つことについてこじらせてる

    ごめんなさい、書きます。受け入れられないから書きなぐります。もしかしたら消すかもしれません。

    めいっこに会いたい。

    あんなにくたびれたのに。寝てくれたらほっとして、はあ、1人の時間がやっと持てたと思ったのに。泣き止んでくれない時は「くそ!」と思ったのに。

    でも、めいっこはわたしを呼んでくれた。泣いて、抱きついて、抱っこしたら笑ってくれた。本気で必要としてくれた。

    もちろんわたしじゃなくても、かまってくれる大人であればだれでもよかったんだと思う。だとしても、全力で求めてくれた。

    今はめいっこと遠く離れて、わたしは一人でいる。恋人と一緒に住んでいるけど、日中は一人だし、恋人と一緒にいても、あんなに「わたしだけをみて!」という独占欲をもった愛情は持たれない。気楽な仲です。

    それは、めいっこと10日間一緒に過ごす前の普段のわたしなら、居心地の良い距離だった。

    でも、もうその頃の自分には、戻れなくなったのかもしれない。あんなにもわたしを求めてくれためいっこ恋人を、比較してしまう。恋人でも誰でもいいから、もっと必要とされたい、見える形で示してほしいと思うようになってしまった。

    恋人と幼児であるめいっことは愛情表現がちがって当然なのに。愛情表現が物足りなくなった。全身で、ことばでも態度でも肌でも示してほしくなった。

    さみしくなった。「抱っこ!」としがみついてほしい。わたしの胸元で眠ってほしい。起きたらわたしがいなくて泣いてほしい。さみしい。。

    これは本当にこわい感情。自分で書いててひく。

     

    わたしはいつの日か、我が子を抱ける日がきたらいいなと思ってた。まだ体調が不安定だし、今すぐにってわけでないけど、いつかは、、、と思ってた。恋人とも、二人の子どもをもてたらいいねと話してる。

    でも、今のわたしのめいっこへの想いを考えたら、ぞっとした。めいっこがもし自分の子なら、わたしは我が子を、自分の愛されたい欲を満たすめの存在にしてしまうのではないか、と。

    必要とされたいから、誰かの介助がないと生きていけない弱者を自ら産んで、自分なしでは生きていけない人間を製造しようとしてるのか?

    幼児の間はまだいいとしても、子どもの自我が成長して、自分の思い通りに動かなかったり、自分を必要としなくなった時に、ちゃんと手放せるのか?我が子を自分に依存させて無意識にコントロールしようとする、今のわたしと母親の関係である「共依存」にさせてしまうのでは??

    「ほら、あなた一人では何もできないでしょ。お母さんがついてないと」「あなたのためを思っていってるのよ」「わたしはあなたのために自分を犠牲にしてるのよ」「あなたを愛してるからよ」

    それだけは避けたいと思ってた。

    私はこの子を幸せにすることは出来ない。 - はなこのブログ。

    はなこさんのような母親になりたいと思っていた。

    はてなブログには見本のような母親がたくさんいる。ロールモデルとしてはありがたいけどだめな自分と比較してつらい)

    でも、すでにめいっこへの想いが、共依存関係への予備軍だという証拠だ。こんな想いを持ってるのでは、もうわたしはだめだ。だめだ。子どもなんてつくろうとしちゃいけない。授かりものだというのならば、避妊具なしのセックスは今までもこれからも、絶対あっちゃいけないんじゃないか。

    こわい。可愛いはずの我が子に、わたしのさみしさを埋めてもらうために産んで世話をし、その行動理由や感情を「母性」とか「愛情」と自分で誤認してしまうことが恐ろしい。

    もし我が子に「なんでわたしを産んだの?」ときかれたら、わたしはうまく答えられないと思った。

    生まれてくることって、事故みたいなもの - よもちかブログ

    (よもちかさんがおっしゃるように、わたしも事故だと思ってる節がある。なのに産みたいってどう考えても矛盾してる。こわい)

    我が子に興味本位でどうして?ときかれても答えに詰まってしまうところを、悲痛な表情で問われたら、わたしはつらくて体がもげてしまうかもしれない。

     

    わたしが実の母親からもらった返事は、「可愛いから」だった。可愛いから産みたくなるもんやろ。でも子どもの可愛い時期はすぐ終わっちゃうから、次の子、次の子と産みたくなって3人産んだそうな。

    母親が可愛がりたい対象としてわたしは産まれたのか。産んだら祖母にほったらかしにしといたくせに、産んだのは自分だからって今まで母親ヅラしてきたのか。小学生の頃にきいたことだけど、わたしは覚えている。

    だから、この問いに対する返事って、子どもにとって、とても重要な意味を持つんじゃないかとわたしは思う。

     

    「二人の愛情の証が欲しかった」

    ちがう!

    「二人が育児を通してさらなるステージへ成長するために?」

    ちがう!

    「いい家庭を築きたいから」

    これは論点がずれてる気がする!

    やっぱり、かわいいから、に尽きるのか?

    ことばでは説明がつかない、よな。

    わたしは、なぜ子どもがほしいのか。そもそも、子どもがほしいと思い始めたのは本当にこの1年以内だ。恋人と一緒に住みはじめて、この人となら…と思えたから。それと、めいっこが産まれて、めいっこに生かされた経験があるからだ。

    大げさだと笑われるかもしれないけど、絶対に伝わらないと思うけど、でも今から思えば、やっぱりめいっこに生かされたとしか思えないんだ。

    どうしても希死念慮にとりつかれて仕事辞めて実家に帰って、もう生きてられないと思った時に、姉が子どもを連れて実家にきてくれた。そのときはじめて産まれて3週間の赤ちゃんをみた。がんばってがんばってお乳をのんで、そのまま力尽きたように眠って、また起きたら泣いて、立派にちゃんとうんちもおしっこもして、またお乳をのむ。

    その存在がなんだか尊すぎて、わたしこの子の成長を見続けたいからもう少し死なないでおこうと思った。母親から罵倒されても、妄想の声が止まらなくても、発狂しても、この子が大きくなっていくさまを、自分がどんな姿になってでもいいから見たいと思った。

    いざ死のうと駅のホームへぐらりと体を傾けても、めいっこの泣く顔が思い出された。家族の顔でもなく、恋人の顔でもなく、めいっこの生きる姿だった。

    ホームでわんわん泣いた。高いとこ登って遠くに見える地面を眺めるときも、やっぱりめいっこが浮かんで、死ぬに死ねなくて泣いた。こわかったし、ふがいないし、生きたかった。あんなふうに生きたいし、生きる姿が見てみたかった。

    でも、やっぱりわたし自身が子どもをもつことはこわい。

    同じ目に遭わせたくない。悲しい思いをさせたくない。

    恋人からプロポーズを受けてもらえて、わたしの感情も穏やかな時期が続いたので、ああ、今このまま子どもが授かればいいなとつい最近まで思ってた。こじらせた「我が子をもつこと」についても、少しずつ落とし所を見つけてきたのかなと思ってた。で、実は生理が2週間遅れたから、もしかしたら避妊具に穴が開いてたということもあるかも!と思ってたんだけど、昨日生理きた。自分でも驚くほどがっかりした。

    めいっこ育児の疲れと、信頼してたカウンセラーがいなくなった喪失感も相まって、わたしは現在進行形で「我が子をもつこと」についてこじらせてる。

     

    なぜみなさんは、子どもを産んだんですか。なぜ産みたいんですか?

     

    恋人は、それはこれからゆっくり考えよう。結論なんてないけど、二人でさがしてみよう、といってくれてます。わたしも、そうしてみようと思います。まず、わたしが元気になりたい。

    自然に諦められるものなのか?まあいっか、産もうかと思える日がくるのか?こんな自分を受け入れて許せる日が来るのか?

     

    中勘助さんの「銀の匙」はいつ読んでも涙がでる。

    追記

    恋人は次のようなことを言ってくれた。
    「自分の愛されたい欲を満たすめの存在。必要とされたいから、誰かの介助がないと生きていけない弱者を自ら産んで、自分なしでは生きていけない人間を製造」という観点は、どんな親にも少なからずあると思う。
    でもそれはいろんな気持ちの一部分なだけであって、悪いことではない。
    自分を責めないで。 

    わたしは弱い。汚い自分を見つけて怯えてる。それが多くの人にとって当たり前のことだったとしても、許せなくなる。
    まだ、かっちかちで、肩の力が抜けない。

    一寸先が闇と絶望

    しんどい時について書いてみる。だから、今元気のない人や暗い話を読みたくない人は閉じてください。


    しんどいとき、混乱してるとき、朝起きたらもうすべてが絶望感であふれてるとき、そういうときは、1日がとてつもなく長く感じる。といえば簡単だけど、今日はその詳細を思い出して書いてみたい。

    どうやって過ごしていいのかが分からない。今まで自分がどうやって1日を過ごしてきたのかが思い出せない。これからどうやって1日の時間を過ごすのか分からないから、不安でこわくなる。
    何をしても間違ってて、何をしても自分にとっていやなことでしかない。

    何も予想がつかない。自分がこれからどこかへ向かってる姿や行動する姿が思い浮かばない。それは、計画をたてることができないということ。
    何もしたくない、に加えて、計画をたてられないということは、本当に何もできなくなるということ。怯えることと、つらいつらいと言うことしかできない。

    何もしたくない、といえば簡単だけど、何もしたくないというのはかなりつらい。
    たとえば、映画館にも行きたくないし、本も読みたくない、ごはんも食べたくない、寝たくない。こういう、自分が今からしようとする「積極的行為」なるものだけがいやになるわけでない。
    困るのは、「今そのままの状態でいること」すらがいやなこと。
    たとえばそのとき寝転んでたら、寝転んでることすらがいや。でも立ちたくもない。
    そのとき歩いてたのなら、歩きたくなくなる。でも立ち止まりたくもない。

    今視界に入ってる景色も見たくない。何も視界に入らないでほしい。でも目線をそらすことも目をつむることもいや。
    何も聞きたくないけど、耳を塞ぐこともこわい。なにもできない。

    立ちすくむか座り込んでしまうか寝転んでしまうか。ただ、じっとするだけ。もしくはへたりこむまで歩き続けるだけ。

    すべてがいやになるんだ。

    考えてるのなら考えるのやめたい。でも、もう何を考えていいのかすらわからなくなって、頭がうあーーー!ってなる。

    何もかもがいやってのはそういうこと。

    頭がストップする、のか、動き過ぎてストップしてるように思えるのか。

    今日は仕事へいった恋人にヘルプをした。駆けつけてくれた。2時間ほどそばにいてくれて、いろいろあったけど、なんとか気持ちが落ち着いたから、また会社に戻ってもらった。申し訳ない。

    恋人はなぜこんなわたしなんかと付き合ってるのか。結婚したらこれからずっと彼にこの重さを負わせるのか。そんなひどいことをしていいのか。

    昨日まで元気に明るく何事もなくいられたのに。もちろん前兆らしきものはあったけど。気付かないふりしたらこのざまだ。

    昨日寝る前、恋人に怒った。PMSとかも関係あるんだろうけど、双極性障害とかの影響なのかなんなのかしらないけど、異様に怒りの沸点が低くなるときがある。
    昨日はわたしが話をしてるときに恋人があくびをしただけで、激怒した。
    こうなると手が付けられない。自分でも何に怒ってるのかさっぱりわからない。わからないけど、理由なき怒りにわたし自身が翻弄される。こわくなる。抑えようとすればするほどエスカレートする。

    いったんすべての怒りを吐き出すと、急にハッと我に返るような瞬間がある。そして泣きながら必死で恋人に謝る。恋人もこの瞬間をいつもひたすら待ってる。
    待ってくれるから、今まで付き合ってこれた。いつもこんなわたしを許してくれるから、別れずに一緒にいる。

    豹変する自分がこわい。自分で自分が気持ち悪い。

    朝起きたら、まだ残ってる理由のない怒りと呵責などで混乱して絶望感でいっぱいだった。

    最近元気になってきたな、と思えば、すぐこんな状態になる。

    一歩一歩だ。
    やけにならずに。
    くさらずに。





    痛みがすごい

    ある程度予想はしてたけど、予想をはるかにこえる筋肉痛がきてます。

    自分の体のありとあらゆる関節がミシミシいってるし、ありとあらゆる筋肉が悲鳴をあげてる。
    それぞれ指の第一関節、第二関節まで痛い。
    はー。痛い痛いってわたしうるさい。
    昨日から痛いっていうワードを使いすぎな気がする。
    とりあえず、いつもヨガへ遅れそうだからって人混みの商店街の中を駆け抜けるとき、のっそりのっそり歩くご老人の方に対してイライラしたことに、深く深くお詫びしたい。

    今日は買い出しに行くのも億劫だったし、包丁で食材切るのもたいへんだったから、今晩のおかずはオクラの肉巻きにした。うまかった。

    あと、今日は動けなかったこともあり、ちょうど借りてた「エデンの東」を観た。あのジェイムスディーンのやつ。
    大学の授業で早送りしながら観たことあるけど、そのときは昔のアメリカはやっぱ汚いなあくらいの印象しかなかった。
    今日観たらすごくよかった。よかったと思えてよかった。

    こうやって文章打ってると猛烈な眠気がやってくる。まぶたの重みがすごい。

    寝ます。

    新しいコミュニティに属するということ

    実家から戻って以来くたびれがでていて、2,3日ほど放心状態が続き、ほとんど寝てた。布団から起きれなかったし、なんのやる気も起きなかった。燃え尽きてた。1.5歳のめいっこパワーはおそるべし。

    グアムから戻ってきた姉夫婦からいただいたお給金のほとんどが、鍼灸院代に消えた。喉が痛くなったり、微熱が続いたりしてる。体調よくない。

    で、そんなときにも関わらず、なんと、今日は!!近所で結成してるバレーボールチームの練習に参加してきたよ。7年ぶりだよ!
    もうね、もうね、すごい燃えた。たのしかった。
    でもすごい疲れた。膝に紫のアザができたし、腰骨は打ち身とすり傷?で腫れ上がった状態になってる。膝がぶるぶるしてる。左足中指の爪が死んだ。
    あと、かなり腰がいたい。たぶんアタックするとき海老反りになるからかな。体、結構キてる。

    何よりも、久しぶりに30人近くの初対面ばかりの人に囲まれて、いろんな人とコミュニケーションをとったことが新鮮だった!と同時に、めちゃくちゃこわかった!
    今まで人に会うといったら、旧友に会うか、もしくは恋人の会社の集まりに参加させてもらったことくらいしかない。
    恋人の会社の集まりに参加するときは、周りの人からみるとわたしは1人の人間としてではなく「同僚の彼女」としてしか扱われない。
    同僚のオプションとしての扱い。まー、気は遣うけど、ちょこんと座って愛想良くしておけばいいだけだから、気楽だった。

    それが、今日、30人ほどのメンバーが一斉にわたしに注目して、わたしの自己紹介をきいて、わたしのプレイをみて、わたしを判断した。
    それぞれがわたし一個体としての印象を持った。
    そういうの、久しぶりだった。

    新しいコミュニティに参加することはかなり勇気がいるし、すごいこわいことなんだけど、それは過去のわたしを知らない人と新しい付き合いができるということ。
    そんでそのコミュニティは地域に根ざしたものだったから、今住んでる地域に知り合いができた。だから街中を歩くと知り合いに会う可能性があるということ。
    多少面倒くさいことなんだろうけど、今のわたしにはうれしく感じられる。

    友だちでも同僚でもない、チームメイトという存在ができた。
    体はぼろぼろで、いたるところから激痛があってつらいんだけど、なんていうかコミュニティに属することは社会の一員としてやっと認められた感じがしてうれしい。こういう気持ち大事にしたい。
    働いたらまた新しいコミュニティに属せるよな。そういう意味で、はよ働いてみたいよな。
    余裕が待てる範囲で、いろんなコミュニティに属してたいな。

    新しい人と知り合うということは、面倒なことも一緒についてくることだとも思うけど、今のわたしにはその余裕があるのかもしれない。すべてどーんとこい!と思えてる。

    実家に帰って、いろんなどろどろしたものを前よりも清算できた分、すこし入る隙間ができたのかもな。

    でもでも、体力ないし、いたるところにあざがあるし、まだのどは痛いし、足の爪が1つ死んだし、これからもバレーを続けられるかは自信ないんだけどな。

    あと、高校時代とはまた違ったプレイをする自分に驚いた。前の方が技術力や体力は格段に高かっただろうけど、今の方が周りの様子を落ち着いて観察できるようになった気がする。
    その落ち着きや余裕のおかげで、相手コートよ空いてる箇所が分かるからアタックの打ち分けによって点が取れた。
    高校時代はただひたすら速さと勢いでがむしゃらに打ってた気がする。

    ちょっと何書いてるかわかんなくなったし、指も震えてるし(iPhoneから打ってる)、これにておわることにする。

    ねむたい。


    おうちへかえろ


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    特急に乗って帰りよります。
    緑いっぱいの車窓です。

    今朝は6:00頃起きて、おじいちゃんの墓参りへ行った。わたしがおじいちゃんの墓参りをすることが、おばあちゃんにとって1番喜ぶ行為になるからからだ。
    や、もちろんおじいちゃんが好きだったからというのもあるんだけど。

    めいっことおばあちゃんと一緒に、墓の前で般若心経をとなえた。わたしは4歳の頃から般若心経ぜんぶを空でとなえられた。みんなからよく褒められたものだった。
    久しぶりにとなえたけど、意外と覚えてるもので、ほぼ間違わずにとなえられた。おばあちゃんは嬉しそうだった。お墓参りしにきてよかったなと思った。

    めいっこはお経をとなえるわたしたちを不思議そうな顔で眺め、線香のにおいに顔をしかめていた。

    そのあと、おばあちゃんに浴衣の着付けの仕方を教えてもらう。おばあちゃんの指導は厳しくて、最初から帯閉めまでの過程を10回ほど繰り返した。なかなか帯をリボン状にするのは難しい。
    クーラーのきいてない部屋で、2人ともぶるぶる汗で浴衣の着付け練習をした。
    今年こそは、激安で買った浴衣をちゃんと着れるかな。2番目の姉が「恰幅がないからあんた浴衣似合わへんな」と言ってきた。
    成人式のときも、バスタオルを2枚詰めたことを思い出した。

    昼ごはんは、おばあちゃんがカレイの干物を焼いてくれて、きゅうりとナスのぬか漬けも一緒にたべた。おいしかった。めいっこはシャケが大好きで、ごはんをあんまりたべずに、シャケばっかりたべてた。姉夫婦にバレたら怒られそうだ。


    これから新幹線へ乗り換える。所要時間はおよそ6時間。大移動だ。

    「おかえり」と言ってくれる人がいる場所へ帰れるのはいいよな。

    ただ、今晩は恋人は珍しくプログラマ同士の集まりがあるみたいで、出迎えてはくれない。ただくさいことを言ってみたかっただけ。
    恋人には友だちというものが全然いないらしいけど、プログラミングが大好きなおかげでプログラミングを語る会によく参加してて、たのしそう。

    さあさあ、はよ帰りまひょ。
    男梅の干し梅をたべながら。
    今回の帰省で口内炎が4つできたから、チョコラBBとか飲もうかな。

    実家最終日

    めいっこを祖母に預けて、中学の友だちとごはん食べてきた。

    その中には、昔いじめてきたSちゃんもいた。
    妄想の中で何度殺したか。首を絞め殺したいし鉄板で殴り殺したいし、剣山で八つ裂きにしてやりたかったSちゃんだったのに、今日会ったらまったく普通の、おんなじようなことで悩んでる女の子だった。
    見た目はかなりのギャルで、口はかなり悪かったのだけど。一生懸命毎日生活してる感じが伝わった。

    くだらんこと話して、わあわあ言って帰ってきた。
    当時のSちゃんへの憎悪や恐怖感は、いったいなんだったんだろう。今から考えると、あの感情は扱いが難しく、思い出すだけで鉛を飲み込んだような、どす黒いものだった。

    それから、わたしに適当に話したり受け流す力みたいなのがいつの間にか養われてたのかもしれん。
    前はもっと他人が発する一言一言について吟味して考え込んでた気がする。「あの子が言ってたことは本当はこういう意味だったんちゃうか」とか。
    年齢を重ねたゆえに、今だからできる会合だった気がする。

    ***

    帰宅後、めいっこを寝かせた。
    めいっこを寝かせるのはわたしが担当だ。だいたい昼と夜に、iPhoneアプリでオルゴールを聴かせながら歌いながら、抱っこひもで寝かせる。たいてい10〜60分ほど抱っこする。

    ギャン泣きしてる状態から寝落ちするまでのめいっこの変化がおもしろい。
    わたしはきらきら星を盆踊り調で歌ったり16秒子?、36秒子?とか、リズムを変えながら歌う。
    階段昇り降りしたり、外にでてアマガエルやウシガエルの大合唱を聴かせたりする。
    だんだん手がぬくくなってきて、鼻をわたしの胸にこすりつけてきて、目をこすって半目になり、ぐーぐーいう。

    やっぱり抱っこする時間が長いと、腰や肩が痛くなる。でも腰に負荷がかかるときはドローイング(腹筋に力を入れる)すると腰への負担が軽減されてよいらしい。こういう豆知識はピラティスで教わった。ピラティスありがたや。


    実家に帰ってから、情動が穏やかで、ありがたい。家がたいへんなことになっても、めいっこ連れて逃げたりして、気分転換したりできた。
    めいっこが家族の緩衝材になった。めいっこ、悪いなあ。ありがとうなあ。
    明日は姉夫婦にめいっこを返します。姉夫婦は新婚旅行、楽しめたかな。

    ***

    家に戻っても、この穏やかな気持ちは続くかな。反動で恋人にあたらないか心配。めいっこからおすそ分けしてもらった、このふわふわした感じを忘れずに、明日からまた生活していきたい。

    寝る。

    めいっこ記録

    今のところ2日間、1才半のめいっこと過ごしてる。
    ちなみに姉夫婦は、新婚旅行として昨日グアムへ旅立った。わたしに1万くれた。

    そんなめいっこと一緒にいて気づいたこと、おもったこと。

    ・魚の開きのほぐし身がすき
    ・特にカレイとアジをよくたべる
    ・きゅうりがすき
    アンパンマンがすき
    アンパンマンをスーパーでみかけると必ず「おっ!」と指をさす
    ・バナナはたべない
    ・自分の使用済みオムツを「ないないしてー」といったらちゃんとゴミ箱にポイする
    ・そのゴミ箱をのぞいて鼻をつまみながら「くちゃい」という
    ・昼過ぎにめいっこの手を出窓で挟んでしまい、めいっこギャン泣き
    ・わたし肝がつぶれる
    ・「わんわん」「ぶーぶー」あたりはいえる
    ・2語を話すのを目撃
    ・「わんわん」「待て!」「わんわん待てー!」
    ・階段をあがるときわたしが「よいよいよい!」といったらめいっこも「よいよいよい!」という
    ・風呂から上がるとぐにゃっとしたものを踏む
    ・うんちだった
    ・めいっこ2日間便秘だった
    ・胎便がでた
    ・めいっこオムツはいてなかった
    ・2人でもう一回風呂に入り直す
    ・外を眺めるのがすき
    ・砂場よりブランコより滑り台が一番すき
    iPhoneを渡すと「もしもし」する
    ・「こらっ!」と怒るとすごい目つきでにらむ
    ・プチトマトをあげるとべーして皮だけだす
    ・バナナ嫌いなはずなのにさっきお腹がよほど空いたのかバナナを1本とってきて「んっ!」とさしだしてくる
    ・むいてやると口いっぱいにほおばる
    ・結局太いバナナを1本まるまる完食
    ・ぐずる
    ・抱っこひもでおぶる
    ・ぞうさんを歌う
    ・めいっこの1日おわり
    ・あと5日、がんばる
    ・夜中起こされるのつらい
    ・寝れるだけ寝とく

    追記
    ・むくっと起きてくる
    ・冷蔵庫を「んっ」と指さす
    ・うどんを半玉ゆでる
    ・ちゅるちゅるたべる
    ・抱っこひもで抱っこしながら、お星様のオルゴールをきかせながら寝かせる
    ・寝た
    ・わたしも眠りにつく
    ・残り5日間体力もつんだろか

    めいっ子かわいいな

    実家に帰省してる。
    今晩はお好み焼きたべた。
    いろいろあることはあるんだけど、今までの母親や姉への歪んだイメージや印象が少しずつ現実のものへと置き換わっていく感じがする。
    思い出や電話なんかの印象だけじゃなくて、ちゃんと母親や姉が今を一生懸命生きてる姿を見れたことは、自分の認知のズレに気付くきっかけになれたというか。

    とにかく久しぶりに帰省してみてよかった。

    ただ、「同棲しとるのに結婚はせんなんて!!ふしだらだ!!」「相手はあんたのことをどう思っとんや」「遊ばれとんちゃうか」みたいなことはいまだに言われるのでとても悔しい。
    「もう婚約しとるもん」と言いたいところをぐっとガマンして、やんわり流してるんだけど。

    こういった2人にとって大事な話は、わたしたちのペースで進めたい。勢いあまって口を滑らしたくない。恋人のことを悪くいわれるのを聞くのはつらいけど、聞き流すよ。

    あと、めいっ子がかわいすぎて生意気すぎて悶える。お菓子をわたしの口まで持ってきて、食べさせてくれるのかと思って口を開けたら、意地悪そうな笑みを浮かべて自分の口へひょいぱくする。「うひゃひゃ〜」って笑う。
    この子は悪い子やな〜と思いながらも、でれでれしちゃうわ。

    ただ、お守りはめちゃめちゃ疲れる。世の中のお母さんってほんますごい。

    おわり

    金のわらじをはいてでも-薬と医者-

     1週間ほど前、「これ、○○(わたしの名前)の症状と似てない?」と、恋人がこの記事を見せてくれた。

    睡眠薬・抗不安薬、処方量でも… 依存症にご注意:朝日新聞デジタル

    この記事では、ベンゾジアゼピン薬剤についての依存症と離脱症状に関することが書かれている。
    ベンゾジアゼピン抗不安薬を処方された。この薬は不安、不眠、抑うつといった症状がある患者に、広く使われている薬だ。飲み始めると、めまいは落ち着いたものの、2カ月たたないうちに体のふらつきが起きた。4カ月後からは強い不安に悩まされた。仕事を続けられず、01年にニュージーランドに帰国。ベンゾジアゼピン依存症と診断された。薬物中毒治療専門の医師を受診し、薬の量を少しずつ減らしてゼロにした。しかし、断薬後も離脱症状に苦しんだ。ひどい不安感や情緒の不安定。光を異常にまぶしく感じ、テレビを見られない。体に力が入らず歩けない。断薬して1年間で多くの症状は消えたが、突然の不安感は10年ごろまで続いた。
    神戸市の40代男性も、ベンゾジアゼピン抗不安薬離脱症状で苦しんできた。社会不安障害と診断され、09年まで4年半、医師の指示通り飲み続けた。やめた2日後から、異様にまぶしい目が痛いなどの症状が出た。

    わたしは今、片頭痛の予防薬と双極性障害の安定剤として、ラモトリギン(ラミクタール)を晩ごはん後に服用してる。寝つきが悪いときはアルプラゾラム(コンスタン)0.4gを半錠のむ。
    それは医師の管理下で、定められた量とタイミングにのんでる。
    これは普通のことのようだけど、今までわたしが通院した10件ほどの精神科ないしは心療内科からすると、まったく普通じゃない。

     ***
    ベンゾジアゼピン系の薬ばっかのんでた

    1年半前まで、ベンゾジアゼピン系薬剤であるアルプラゾラム(コンスタン)0.4mgを1日上限6錠のところを、最低12錠のんでいた。朝・昼・夜の食後に3錠ずつ、寝る前に3錠。それプラスしんどいとき(たいてい10時と15時と17時)に1錠ずつのんでたので、合計15錠のんでたことになる。

    やばいと思って当時通院していた先生に相談したところ、ロフラゼプ酸(メイラックス)とゾルピデムマイスリー)、ブロチゾラムレンドルミン)を処方してもらった。今思えばすべてベンゾジアゼピン系薬剤だった。

    結局、コンスタンの量は変えられなかった。たぶん「切れた」感じがしんどかったから。
    むやみに薬を減らすことがいいわけじゃない。ただ、適した薬を適量のんで、いい効果が表れてくれればいい。だから相談したんだけど、当時の医師は「コンスタンはどれだけのんでも死なないから、お守りとして何錠でものんだらいいんじゃないでしょうか」といわれた。
    そのことばを信じたわけじゃないけど、唖然としてしまい、自暴自棄っぽくもなった。患者主体でコントロールするのなら、医者はいらんくないか?
    本当に無法地帯だった。
     

     コンスタンという商品で販売されているアルプラゾラムという薬は、血中薬物濃度が半分になる時間(半減期)が比較的短い薬。つまりぐんっとあがってすぐ下がるタイプ。
    それは「切れた」感じが分かりやすい薬。

    薬が「切れた」という感覚

    ベンゾジアゼピンとは?(ベンゾジアゼピンの作用/適応症)

    専門で勉強してないし詳しくは分からないけど、血中薬物濃度が半分になる時間(半減期)が比較的短い薬は、長いものと比べると依存性が強いといえるらしい。ソースは今かかっている先生より。
    コンスタンという商品で販売されている上のリンクからするとアルプラゾラムという薬は、半減期がSという分類で短め。
     
    退職してから、上記薬以外の薬含めて異常な量の薬を勝手な自己判断でどんどんやめていった。離脱症状だかなんなんだかそのときはわからなかったけど、かなり苦しかった。希死念慮が強すぎて何が辛かったか具体的に思い出せないけど、記事に掲載されている症状の「異様なまぶしさ」があったことは覚えている。

    まぶしい!
    TVなんてほとんどみれないし、昼間は目をあけられないほど痛んだ。アイマスク必須。夜じゃないと外に出られない。
    当時通院していた精神科でその症状を伝えても、眼科へいってくれといわれて終わりだった。ネットで調べて、片頭痛の症状かなと思ってひたすら耐えた。アイマスクをしてアイスノンを目とこめかみに当てながら、1日中家から出られないような日が3ヶ月ほど続いた。
    どうしても買い出しに行かなきゃいけない時はサングラスと帽子で。曇りの日だってサングラスは必須だったし、サングラスしてても外に出られない。恋人に引っ張ってもらいながらの移動。
    もちろん携帯やPCの光だってまぶしいから、さびしくて時間を持て余してるのにネットできなくてつらかった。半目でツイッタはみてたけど。

    あれはいまだに、原因が何なのかわからない。片頭痛の症状(アデロニア)なのか、ベンゾジアゼピン系の離脱症状の一種なのか。
    今でも本当にときどきだけど、少しだけまぶしくなることがある。

    ***
     なんのために薬を飲むんだろか
     今かかっている医師に、前はコンスタンを10錠以上のんでたことを話すと、かなりびっくりされた。離脱症状はなかったかとか、ちゃんと服用量を医師に伝えてたのかとか、それを医者が許したのか、と。
    正直全然まかり通ってるし、あと簡単に気軽に処方されやすい薬なんだと思う。

    処方されることでなんとかつらい時期をやりすごすことができるから、必要な人には必要だと思うけど、だんだん量が増えやすい薬でもあるんじゃないかや。耐性ができるのか、効きづらくなる気がするから。
     
    うちの実家には、コンスタン錠剤の山がある。おそらく100〜300個くらいはあるんじゃないかな。
    なぜかっていうと、実家から唯一通える範囲にある精神科が、山ほど薬を出してくれるから。うちの家族は悲しいことや不安になることがあれば、誰もが鎮痛剤のように、機械的にのんでる。こわいことだと思う。
    みんな、医師の指示の下ではのんでなくって、しかも実は診察もしてもらってない。1度診察を受けたことがある人なら、次回からは「薬診察」という名で、受付をしたら薬がもらえるシステムになってる。
    量はその薬の上限値プラス頓服として、処方できる最大限の量を処方箋に書いてもらってるらしい。
     
    精神科医の役割ってなんなん
    精神科や心療内科(以下、精神科)は、他の診療科と比べて、医師の裁量によって病状がすごく左右されやすいと感じる。
    精神科医はただ薬を処方するだけと揶揄されがちだけど、そもそも適切な薬の選択や薬の適切な配分、量の判断を下すことこそが、精神科医の大きな役目だと思う。
    それに尽きる(カウンセリング的なことはそれ専門のカウンセラーに任せるのが個人的にいいと思ってる)。
    患者が好き勝手に服用させないようにする責任が精神科医にはあると思う。それには患者との信頼関係みたいな大事な関係性を築くことが必須な気がする。精神科医にはそういった意味で技量が問われるんだと思う。でもそれって難しいなとも思う。

    そのためには、患者と話をする時間がかなり大切になってくる。患者と話しても患者はウソをつくから、聞いても意味ないしあえて聞かないという意見も聞いたことある。患者は被害妄想が強かったり、本当にあった出来事よりも大げさに伝えることもあれば、逆にとても元気なフリをすることもある。
    だとしても、精神科医と患者が話をできる環境を整えるべきだと思う。もしくは臨床心理士を常駐させて、カウンセリングを始めやすい環境をつくる。
    じゃなければ、患者は何を信じればいいのか分からなくなる。あなたはわたしの何を知っとんの?何を根拠にこの薬を処方してるの?この薬を定められた量を飲んでよくなるの?信じていいの?ってなる。

    よい病院とよくない病院
    わたしが今まで通院してきた精神科・心療内科の施設(病院)は10件を超えるけど、その中でいいと思えたところは現在通院している個人クリニックと、お世話になってる鍼灸師におすすめされたデカイ病院の2つだけ。

    良くない施設(病院)に共通したところとしては、
    実質的にさばけない人数の予約を受けるところ。
    患者の待ち時間が増え、待合室はイライラ感で殺伐としている。
    それからいざ診察しても1人の患者にかける時間はほんの数分ということ。
    それで、ちゃんとした薬の処方ができるのか、わたしは疑わしいと思う。

    あと、院内の清潔さや静かさも大事だと思う。精神状態がひどいときは、汚かったりうるさかったり不快な臭いだけで、かなりのダメージを受ける…。

    適切な薬の処方と院内環境の整備、といったらとても簡単だけど、それができている施設(病院)は本当に少ない。

    病院探しめっちゃ大事
    でも、元気になりたければ、諦めずに病院探しや信頼できる医師探しをしていかなきゃいけないと思う。しんどいときは1から病状や経歴を説明することがかなり苦痛なので、新しい病院・医師探しには思った以上に骨が折れるんだけど。
    今では多少の口コミがネットにあがることで、一昔前よりは見つけやすくなってはいるものの、まだまだ難しい。他人がいいと言っても自分には合わないことなんてざらだし。
    難しい。本当に難しい。でも、いい先生に出会えたときは、目の前がぱあっと広がる。ちゃんと先生に指示された薬を飲んで、先生と一緒に治していこうと思える。いい先生が見つかってからが本当の治療が始まるんだと思うな。

    だから、うまくいえないけど、今つらいなと思ってる人が1人でも多く、自分に合った医師が見つかればいいなと思う。
    うまくまとまらないけど、めっちゃ固い記事になったけど、そんな感じです。

    追記1:わたしがエントリする2時間前にあがった記事。趣旨は違えど薬に関することだったので、びっくりした。
    薬を飲まないと死ぬ - ある精神病患者の一日
    むやみに薬を減らした方がいいというおせっかいアドバイスほどむごたらしいものはないと思う。

    追記2:なぜかこのブログにたくさんの人がアクセスしてるっぽいのでいろいろ訂正したりした。けど間違ってることもあるだろうしわたしの解釈でしかないことも多いから消そうかとも悩んだんだけど、いちおう残しておく。医療分野ど素人のただの一患者のブログでしかないよ。

    衝動的な怒りのたちの悪さ

    昨晩はまたわたしが怒ってしまった。結構ひどいやつでした。恋人を悲しませることを、たくさん言った。やっちゃったなあ。謝っても謝りきれない。

    原因や打開策みたいなものを突き詰めることは、まったくいい結果を生まない。ぼんやりしてていいんだと思う。特に絡まってて施しようがない問題なんかは、時間がなんとかしてくれることが多いんだと思う。焦っちゃだめなんだと思う。

    なぜ昨日あんなに怒ったのか、あの衝動的な怒りはなんだったのか、今のわたしにはさっぱり分からないところが腹ただしい。結局何がきっかけで怒ったのかすら覚えてない。
    たちが悪い。悪すぎる。


    昔はこうで、今はこうよくなった〜、というような記事をエントリしてるけど、実際は、行きつ戻りつです。一進一退。良くなってるのか悪くなってるのかすらよくわからない。

    昨日だって、この記事に関するやつをこじらせてしまった。
    また猛烈なさみしさとプラス不安感がきて、セックスでさみしさを紛らわした。
    でも恋人は常時寝不足な人で、翌日は早く起きなきゃいけなかったことと、少しでも手が空けばやっときたいことがあることを知ってたのに、わたしの誘惑で付き合わせてしまった。

    本当に申し訳なくて、最中も事後も情けなくて、胸がつぶれそうになる。次の日はさらなる自己嫌悪感に押しつぶされる。
    恋人は「rieaizは悪くないよ。俺が流されたのが悪いんだ」とかいうから、さらに悲しくなる。
    「ああ、やっぱり恋人も好きでしたわけじゃないのか」と。

    なんのためにするのか。
    たかがセックスのために、なぜこんな悲しい思いをしなければらならないのか。
    他にないのか。

    今回のさみしさや不安感は、いくつか原因となるものが分かってるけど、それをやり過ごす方法をいくつかストックしてたはずじゃないか。なぜ他人を巻き込んで解消しようとするのか。
    くやしい。

    明日から、訳あって実家に行くことになってる。久しぶりに9日間という長期間滞在するので、この2週間ほど不安に押しつぶされそうになってる。

    でも行かねばならぬので、行ってくる。

    これから籍を入れるにあたって、恋人がうちの家族とどう付き合っていくかが最難関だと思う。うまく折衷案があればいいのだけど。