心の隙間をもつこと
ヤツが去ったよー。
今回は短い滞在だった。でもかなり苦しかったし疲弊したし、また恋人を傷つけちゃった。
でも恋人はまた逃げなかった。これでもかと試すようなことをしても、大丈夫といってそばにいてくれて、話を聞いてくれた。
普段なら気にも留めないようなことで、血が逆流したかのような怒りと憎さがわいてくる。どう扱えばいいのかわたし自身にも分からない。自分をコントロール出来ない。
こういう突発的なすごい怒りはパーソナル障害の一部だそうだ。
ちぐはぐな思考が止まらない。好きだったものに関心がなくなる。ゴミ収集日やレシピなど、いろんなことが思い出せない。
怖かった。またおかしくなるんじゃないかと不安だった。前のことを思い出した。もうこのまま戻れないんじゃないかと思った。
でも、今朝はヤツが去ったことを確信した。頭がクリアで、体もだるくない。今となりにある「&.premium」が読んでみたいと思える。
本当にホッとした。
昨日はケンカや怒りが収束したあと、恋人と2人で散歩に出かけた。ingressというiPhoneアプリのゲームを起動して、iPhoneを片手にうろうろ散策した。途中でのぼり棒が会ったので2人でよじ登った。昔は木登りが得意だったのに、今は全然登れない。小学校で祭りをやってる。磯辺焼きを食べてヨーヨーをつる。
久しぶりに1万歩歩いた。くたくたに疲れて帰った。まだ怒りはムズムズしてたけど、なんとかその後の一日はおとなしくしてくれていた。よかった。ゆでたまごを2個たべたのがよかったのかな。この1週間まともにタンパク質を摂っていなかったから、セロトニンの先駆物質であるトリプトファンが不足してたのかな。
今日は吉祥寺へ30T というイベントに出掛けてくる。わたしと恋人は、朝倉世界一がすきだ。Tシャツを買いたいねと話す。
朝倉世界一は恋人が好きな漫画家。わたしは前は興味なかったけど、今は大好きだ。
わたしは、恋人が好きなものをどんどん好きになる。
自分を持っていないんじゃないか、とか、恋人に染まりすぎなんじゃないかとも思う。
友だちにも「1日恋人としか会わない生活なんて、世界が狭くなっちゃうよ。おかしくなっちゃうよ」と心配された。わたしもそれが気になってたし不安に思ってた。
でも、今日、思った。前職でたくさんの人に会う仕事をしていたけど、世界が広かったかというと全然そんなことなかった。
確かに覚えることや知識はそれなりについたし、内部だけでなく外部との交友関係をたくさん持たなきゃいけなかったから広かったかもしれない。知性とユーモアのセンスのある同期にも恵まれてた。
でも周りの全てに関心がもてなかった。
誰かと仲良くなりたいとか、この仕事ならやりがいを感じるとか、そういうこともなく、受動的で、投げてくる球を打つだけの味気ない世界だった。
何かに集中できなくで、前は好きだった本を読むことができなくなった。好きなモノが減っていった。どんどん荒んでいく。心が死んでく。自分を閉ざした世界。
今の恋人との世界は、確かにはたから見れば隔離された世界っぽいけど、仕事している時のほうがよっぽど隔離されてた気がする。
自分が何にも心を開けないと、どれだけたくさんの人と接していても、それは接していないのと一緒だな。
今は好きなことに囲まれてる。家具や生活用品も一緒に入念に選んだ。多少高くても、好きなものを選んだ。恋人がそっちのほうが絶対いいよと言ってくれたからだった。家にいるのが心地よい。
料理なんかは、自分がおいしいと思うレシピを探求したり、エビとかうずら卵などの高めの食材でも、その料理に必要なら買うようにしたからか、前よりおいしい料理がつくれるようになった。
今住んでる場所にもまだ越して2ヶ月なのに、ずいぶん愛着がある。今まで住んだどの場所よりも快適だ。家から30m歩けば大きな賑わっている商店街がある。いろんな人と会える。
好きなものばかりに囲まれている世界。
本もどんどん読める。いろんな分野の本がおもしろいと思える。人がにぎわうイベンにも出かけたいといつの間にか思えるようになってる。
仕事辞めて恋人と一緒に住みはじめてから、恋人の好きなモノを片っ端から好きになっていった。狭い世界なりに、どんどん広がっていく。
好きなモノが増えることは素敵だ。
好きなモノが減ることはつまらない。
好きになるために必要な自分の「隙間」ができた。余裕みたいなやつ。
そういう隙間や余裕がない世界は、ぱつんぱつんの世界は、どんな場所に行ってもどんな人と会っても、何も感じない。
今は基盤を固めてる時期だと思う。
また、外の世界に出たい。