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  • 仕事が苦じゃないぞ

    すごく怖い夢みた。

    どんどん追いかけられるし突拍子もないところから手裏剣より鋭利なものががんがんびゅんびゅん飛んでくるし、爆発して体を吹っ飛ばされるとか斬殺的な攻撃もあって悲惨だし、仲間と思ってた人が仲間じゃないし、そこらへん歩いてる一般人も実は敵だったし、なにも信用できなくてすごいつらかった。

    ついに場面はクライマックス(?)を迎え、敵どもと対峙し全面衝突っぽいところで、窓の外から子どもたちが「おーい!!おーーい!!」と大きな声で叫んでる音が聞こえた。 それでもわたしは「このまま夢の続きを見なきゃいけないんだー」という変な正義感から起きたくない!という気持ちがあったけど、もしかすると子どもがわたしを助けようとしてくれてるんだなあと解釈して、夢かうつつかの狭間でなんとか目を覚まして1日を開始した。

    結局あの子どもたちの声は、なんだったんだ。本当に近所の子どもの他愛もない声だったんか、それともわたしがつくりあげた幻聴だったんか。 うーん。 まー、どっちでもよい。 助かった。

    ***

    結婚式が終わりました。 あんなにたのしくてうれしいことはないんじゃないかと思うくらい、夢のようなよい1日だった。本当にああいう機会をもててよかった。

    そして、仕事を始めました。 経理のお仕事です。 今のところたのしんで仕事できてて、あまり苦痛を感じてない。職場の方も良い人が多いし、何より誰にも追い立てられることなく自分のペースで作業できることが、すごいよい。

    わたしがまたオフィスワークしてるなんて、まだちょっと信じられない。 前職の影響で、事務みたいな閉鎖的な空間にこもって人とこれやってあれやりますみたいな会話を持ちながらの仕事は、もうできないだろうなと思ってた。 わたしは理解力がかなり乏しいからみんなに迷惑かけるし、がんばってもどうにもならないことだから性質的に向いてないのかも、とか。

    もちろん今も、何をお願いされてるか分からないこともあるし教えられてもいまいちピンとこないことがよくある。それどころか間違えた理解をしてて、へんな数字を出してしまうことも結構ある。 だけど、上司の方は嫌がる様子も見せず丁寧に毎回教えてくれるから、わたしも安心して質問できるし間違えたことを報告もできる。同じ質問しても怒らない。これすごい。奇跡。ワンダフル。

    こんな職場が世の中にあったんだなあと思った。 いや、あるんだろうということは分かってたけど、そんな会社がわたしを求めないだろうなと思ってた。

    鬱々してた頃から比べるとだいぶ明るくなったけど、仕事に関してはまだまだ卑屈なところが強くて強固なコンプレックスとなってたみたい。仕事へのコンプレックスが強いと、夫や友だちとの会話の中でもつらいなあと思うことが多いのでどうにかならんかなと考えてた。

    それならいっそやってみようと思い立った。思い悩むよりは、自分にでもなんとかできる仕事もあるし会社もわたしを求めてくれるところもあるんだよと自分に証明したくて。 でも、ことごとく面接に落ちた。 新人に優しいような健全な会社は、1年半で辞めてそれから2年フラフラしてたわたしを欲しがるはずないよなあ〜と諦めそうになった。

    でも今、なぜか今の職場に拾ってもらえた。いまだに信じられない。うれしい。うれしい。そしてすごくたのしい。

    仕事せずのらりくらり家のことしたり本読んだり、いつでも自由なことができたのもすごくいい時間だったけど、仕事を始めたことで日々にメリハリがついた。ごろごろすることの気持ちよさとありがたさが増した。

    周りの人は「おー、やっと働き出したか」くらいの反応だけど、わたしにとっては周りの景色が少し変わって見えるほどの心境の変化がある。

    朝起きられるかなとか、帰宅してからごはん作れるかなとか、そういう心配もあったわけだけど、今のところ思ってたほど苦なくできてる。

    たぶん体力がついたんだと思う。気持ちの面でも少し楽に考えられるようになったってこともあるだろうけど、それ以上に体がモリモリ元気であることの方が大きいと思うんだ。

    疲れて帰ってきても、ごはんをうまいなと思いながらモシャモシャ食べられて、お風呂にはいってファ〜〜といい気分でため息つけて、夜になるとコテンと眠れるような、そういう体力。健全さ。THE 健康感。

    長い長い休眠生活があったからこそ、こういう体力が少しずつ養われてたんだなあと思った。

    朝起きられないとかごはんがつくれないとかは、体がついていかないから。たぶんいわゆる健康な人は眠たくても頑張ったら這ってでも起きれるだろうけど、わたしは頑張っても物理的に起き上がれなかった。あのときの敗北感とか情けなさときたら…。

    「眠いけど頑張って起きたら起きれた」っていう事実はすごい自信になる。今はひとつひとつのことがわたしの自信につながってる。

    よいことだ。 うんうん。

    結婚式の準備であれやこれや

     

    結婚パーティーの準備、すごくたのしい。 ホテルや式場みたいなところではなくてオーダーメイド的につくっていくタイプのところにしたから、雰囲気はもちろん衣装や小物とか全部好きなようにできる。自分たちが今までかわいいとかきれいなデザインだとか思ってたことが、どんどん具現化されてくのってとてもすてきなこと。しかもちゃんとしたプロの人がつくったり手伝ったりしてくれる。料理も見栄えがしておいしいものがどんどんあがってく。これは思っていた以上に贅沢な気分で、なんだか申し訳ないくらいうれしい。特に招待状はうれしかった。すごいかわいいものができた。

    春っぽいけど甘くなく爽やかな感じで、鳥と旗と葉っぱと黒猫とかのモチーフをといってイメージ画像をたくさん見せて相談したら、ドンピシャなデザインの招待状がでてきた。うおおお!ってなった(でもあとから気付いたけどだいたいゲストにはメールで連絡とってたから、わざわざ招待状送らなくてよかった…。ちょっと2人とも気分が盛り上がりすぎてた)。 それからウエディングの専門用語(ペーパーアイテムとはなんぞや?とか、ウェディングツリーリングピローとか、、)もたくさんあって、イメージ画像を探すときにそのことばを入力しないと検索画面に出てこないこともあるから学びが多かった。pinterestっていうサービスも名前は知ってたけど今回すごい使ったし重宝した。結婚パーティーが終わってもたぶん使う。あと、普段なら絶対行かないような布の卸街(日暮里)や手芸店(浅草橋)に行ったのもおもしろかった。たくさん検索したし人に訊いたしいろんなところに出向いたしいろんな新しい種類の道具を使った。すごい大袈裟にいうと世界が広がった(いや、やっぱり大袈裟すぎる)。

    恋人やプランナーさん方とみんなでつくりあげてくことはすごいおもしろくてわくわくするし、費用もDIYが多いから結婚式の相場より断然安いんだけど、やっぱりいくつか問題点が。

    まずは如何せん手間がかかる。当たり前なんだけど。いろんな選択肢とか候補の中から「選ぶ」のではなく、なんでもありの中からひとつのイメージを持ち、それを具現化していきつつ決めるような、そういう「選ぶ」作業がずっと続いている。凝ろうと思えばいくらでも凝れるから、時間がいくら合っても足りない。テーブルの上のナプキンを布の卸の店まで行って膨大な布の素材や柄から選びにいったときはへとへとになりすぎて、ここまで凝るのはちょっと違うと思った。

    たいへん。本当にたのしいけど、すごくたいへん。

    それから問題点がもうひとつ。

    具現化するには、まずわたしたち夫婦2人がいいなと思うイメージをすりあわせてイメージ画像をたくさんあげて、それをプランナーさんに相談しながら自分たちが調達したり作れるものは作り、自分たちだけじゃ難しいことは依頼したり手伝ってもらったり、という過程なんだけど、最初の2人のいいなと思うイメージのすり合わせがとてもむずかしい。

    わたしは、「かわいい、素敵、よい」という範囲が広い。その一方で恋人はその範囲がかなりせまい。とても凝縮している。せまいけど確かにそれは、シンプルだけど目を惹き、洗練されてるわりに気取ってなくて素敵、というデザインなのでぐうの音も出ない。

    わたしがかわいいと思う範囲の中に恋人のかわいいが必ず含まれてる。ちぇっ。

    フルタイムで働いている恋人の方が時間がない分、わたしが足を運んだり画像を探したりしてたくさんの選択肢や候補をあげるんだけど、ことごとく却下されるのがかなしくて時々つらい。ときどきお伺いをたててるような気分になる。でも確かに恋人のほうがセンスがいいのだから仕方ないのかもしれない。

    でもそういう類の衝突は、何かをいいものをつくろうとすると避けられないものだ!と2人で言い聞かせてる。

    最後の問題点は、恋人の時間が足りなさすぎて疲弊しきってる。わたしが選ぶから休みなよ、といっても俺も選びたい、、という。技術者だからかなんだか知らないけど凝り性で妥協しないからたいへんそうだし、体調が心配。

    結婚パーティーの準備は非日常感があふれててとてもたのしいけど、平々凡々な日常が少し待ち遠しくもある。

     

     

    揉むことは祈り

    久しぶりに揉んだら腕がいたい。

    実家に帰ってたんだけど、まだ家の状況はあまりよろしくなくて、必死に揉んでた。
    姉、母、父、祖母の背中、首、肩甲骨、腰をみんなで揉む。

    これは昔からの習慣。習慣なのかなんなのか。ただの祈りの行為。

    ***
    家が徐々におかしくなったのは、誰が悪いわけでもなかった。泥沼化していたので誰もがどれだけがんばっても空回りして、状況は何ひとつよくならなかった。

    何も解決せず苦しいままでなすすべがない状況のときに、わたしたちはお互いの体を揉んだ。マッサージというより、揉む、さする。わたしたちにできることはそれより他なかったと、今でも思う。

    人は悲しいことや苦しいことが続くと、全身が痛くなる。不定愁訴。解剖学的にも病理的にはどこも悪くないんだけど、とにかくずっと続く背中や腰、肩や首、座骨神経などの痛み。痛みがさらに苦しみを生む。

    状況や状態は施しようがなくても、わたしたちは揉む時間だけ楽になれたと思う。
    それは揉む側にとっても揉まれる側にとっても。

    揉むことで相手を労わり、償う。
    揉んでもらうことで相手を許し、受け入れる。償うように、祈りを捧げるように、わたしたちはお互いを揉み、揉んでもらった。
    そういった象徴的行為だった。

    みんなが楽になりますように。少しでもつらさがおさまりますように。落ち着きますように。
    さっきはごめんな。ひどいことしたな。しんどかったな。つらかったな。大丈夫だからな。揉んだりさすることしかできなくてごめんな。

    揉むこと、揉まれること、それが救いだった。その時間が終わればまたつらい時間が始まるけど、揉みおわったら不思議と少しだけがんばろうと思えたりした。
    混乱状態も、揉むことで鎮静化することもある。眠れないときには揉むことで眠れることもある。
    揉むことしかできない。あなたにできることは何もない。ただ、一瞬でも楽になってほしい。

    ひたすら2時間揉むことはざらだった。腕が棒のようになったけど、でも何もできない非力な自分を認めるより筋肉の痛みの方が我慢できた。

    ***
    今わたしは夫を揉み、夫に揉んでもらう。それは前のような悲壮感が漂う死に物狂いで懇願するような祈りではなく、淡い希望のような祈り。
    少しでも疲れがとれて、明日がちょっとでもはつらつとした気分で過ごせますように。深い心地よい眠りが訪れますように。

    揉むことは大なり小なり、尊い祈りの行為だと思う。

    あけましておめでとうございます。

    ニキビが劇的によくなる

    「ニキビ 治らない」のワードでこのブログにアクセスしてくれる人が毎日一定数いる。
    たぶんこれ。

    この記事を書いてから思い切って皮膚科に行ったら、嘘みたいに肌がよくなりはじめてる。
    皮膚科恐怖症を克服できてよかった。

    ***

    そもそも皮膚科恐怖症になった訳をまず書いとく。
    わたしが皮膚科ですごい目にあって、もう絶対にいくもんかという強い決意を固めたのはおよそ10年前。
    当時、皮膚科のクリニック(診療所?)は近くに1件しかなかった。近くといっても家から車を40分ほど走らせないといけないんだけど。皮膚科といえばその小さな皮膚科クリニック1択で、わたしの周りの人もアトピーや腫れ物ができたらみんなその皮膚科に通ってるという感じ。

    わたしは当時、思春期特有のニキビが顔中にできて、とても苦しんでいた。肌が汚いと自分の容姿すべてに自信が一切合切なくなる。藁にもすがるような気持ちでわたしも周りの人と同じように、その皮膚科の門を叩いた。
    そこでニキビを全部潰された。先生の指示で、看護師さん2人に押さえられながら変な器具で顔中のニキビをぷちぷちぶちぶち潰されていった。小さいのも大きいのも白ニキビも赤ニキビもたぶん全部。


    http://unoa.skr.jp/osaka/nikibikigu.jpg

    看護師さんが、これはやりがいがあるわあ〜とつぶやいたのをわたしは忘れない。
    痛すぎてゔぁ〜だかぐおぉ〜〜だか唸ったに涙もぼろぼろこぼれた。
    本当にこんな療法で治んのか!?という疑念と怒りがわいたけど、もうあとのまつりだし、なんとか最後まで耐えようとした、けど、わたしは途中でバンッと立ち上がって「もうムリですー!!」とかいいながら逃げた気がする。待合室にいる祖母の元にいこうとしたら、その場にいたじいさんばあさんの視線が一気に集中した(後から祖母にきいたらどうやらわたしの顔中が血だらけだったらしい)。

    看護師さんにとっ捕まえられて、なんかの薬ぬられてガーゼを顔中に貼られて戻った。そこでもやっぱり視線がいたいし「まあ〜(ひそひそ)」という声もきこえたから、手鏡を使って初めて自分の顔を見てみると、血に染まったガーゼだらけの顔があった。怖くてもうガーゼはめくれなかった。
    ヤブ医者くそがーーー、みたいなことを思ったんだかなんなんだか忘れたけど、とにかくそのとき、わたしはニキビで皮膚科に行くことを一生やめようなと将来のわたしと約束した。

    ***
    しかしながらわたしは先日、10年前の自分との固い約束を破って、のこのこと皮膚科へ赴いた。
    もちろん皮膚科に対する恐怖と抵抗感はかなりのものだったけど、今の肌状態もおおいにつらいものだったし、この状況の打開策はプ◯アクティブか皮膚科の2択だったし、なにせここはあのトーキョーだし、あそこのど田舎ヤブ医者皮膚科とは違う皮膚科があるだろうし、そもそもあれは10年前だし、医学も軒並み進歩してるなら皮膚科もニキビをつぶすという原始的な治療法のままじゃないはずだろうし、ってかそうじゃないと困るし怖いし…と、ブツブツ自分に言い聞かせながら、なんとか行ってきた。どこの皮膚科にいけばいいのか悩んでいっぱい調べたけどよく分からなかったから、恋人の会社の人からおすすめを教えてもらったとこに行った。

    結果、よく効いた。めっちゃ効いた。

    最初の2〜3日

    もらった薬を化粧水・乳液のあとに塗り塗りする日々を続け、2〜3日後から変化が現れはじめた。肌が真っ赤になって顔全体がヒリヒリする。めっちゃ痛い。ファンデーションはもちろん、化粧水さえつけるのが苦痛。超敏感肌用の化粧水なのに。あと乾燥がひどい。つらい。
    でもトーキョーの先生が、最初はひどくなっちゃうけど必ずよくなるからねと念を押してくれたのを従順な子犬のように信じて塗り続けると、1週間後には皮膚の弾力が変わった。
    ごわごわしてた肌がもちもちに。
    これがもち肌というやつか!と興奮。でもこの時点ではまだまだニキビだらけのぶつぶつぼつぼつ顔。あごのあたりはまだまだ変化なし。炎症を起こした赤いぼこぼこだらけ。

    3〜4週間

    ニキビのない箇所の表面がつるつるに。
    ニキビのぶつぶつは依然とあるし、新しくできるものもあるけど、できるスピードがおさまりつつあることが分かった。まだあごはぼこぼこ。化粧水は前ほどではないけど、多少しみる程度。乾燥は続く。カピカピする。この辺りでホホバオイルを購入し、ぴたぴた塗りつけるようになる。

    1ヶ月半〜2ヶ月(←現在

    生理周期の関係で肌荒れがひどくなることもあるけど、平均的に肌荒れ具合が落ち着いてきた。前はできるニキビすべてが炎症系の大きなぼこぼこばかりだったのが、今ではぽこぽこな感じ。少しぷつぷつに変化しつつあるのもある。頬や小鼻の毛穴が小さくなってきた。化粧のりは皮膚科にかかる前と比べて歴然としてる。乾燥も前ほど気にならなくなりつつある。ホホバオイルのおかげか、薬に肌が慣れてきたのか。化粧水が前よりよく浸透するようになってきたからだろうか。
    ***
    先生いわく1年半〜2年続けたら、ニキビ跡やくすみも含めて全体がきれいになる、とのこと。
    !!!う、うれしい…。それを聞いた時は目がうるんだ。
    皮膚科をもう一度信じてよかった。絶望する昔のわたしに「10年後には皮膚科のニキビ治療が急進歩してるよ」とこっそり教えてあげたい。
    **

    肌が綺麗になると、本当に自信がもてる。化粧がたのしい。前ほど人目が気にならない。洗顔をするとき肌がもちもちして気持ちがいい、堂々と髪をアップにできる。プロアクテ◯ブのCMの使用感の人みたいな感想がどんどん出てくる。

    皮膚科に行ってない人およびあの器具でニキビつぶされている人に朗報です。ぜひ信頼できる皮膚科へGoです。もちろん僻地に住んでて近くの診療所的皮膚科1択の人は、特急や高速バスなんか使ってでも、いい皮膚科へ通った方がいいかもです。その価値ありです。
    ただまあ、皮膚科にかぎらず、病院探しはほんとうに難しい。

    最後に一言。これは個人の感想であり、効果には個人差があると思うので、薬の名前などは公表することは控えます。

    この世にニキビで絶望する人間が、少しでもいなくなりますように。

    お祝いの気持ちとおカネ

    結婚のご祝儀のはなし。

    入籍してから両親や親戚の方々から、ありがたいことにご祝儀をいただいた。
    つまり、お金をもらった。

    最初に渡されたときは、しどろもどろになってしまった。うれしい、よりも、困った…という気持ちのほうが勝った。たぶん1:9くらいの比率で。

    どんな顔してどんな気持ちで受け取ったらいいんだろか。好意を素直に受け取ったほうがいいことは分かってるのに、どうも素直に、ありがとう!大切に使うね!と言えない自分がいた。恋人もどことなく居心地悪そうだった。眉毛が2人ともハの字になってたと思う。

    なんでかな。いただいて日が経ったから、ちょっと考えてみた。
    金がこわいんだろうか。お金を手に入れるにはちょっとずつこつこつと貯めるのみだったわたしたちに、急に大金が舞い込んできたから物怖じしちゃったんだろか。善意をうまく受け止められない?重たい?面倒くさい?もったいなく思う?プレッシャーを感じてる?甘えるのがこわい?


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    そもそも注目されることが不慣れなわたしたち。両家の挨拶や顔合わせで、みんなの目がわたしたちに向けられたり、お祝いの対象が自分たちであることにどぎまぎしてしまう。
    慣れてないし、これからも慣れないんじゃないかと思う。照れくささというより後ろめたさの方が近いし、なんか苦手。縮こまる。でも主役なんだからがんばって堂々としようとしてる。
    祝われることはうれしい。でも、そのお祝いの気持ちが具現化してお金になった瞬間、ひどく狼狽した。

    このお金はどう使ったらいいんだろか、ほとほと困ってる。小さな結婚式は挙げるつもりなので、その費用に充てたらいいんだろうけど、挙式費用はご祝儀をもらう予定なしに計画してたしまったくあてにしてなかたものだから、なかなかそれに使いづらい(多少つかうけど)。とりあえず無計画に全額貯蓄ってのもいいんだけど…。

    恋人とうんうん悩んで相談した結果、このお金は将来産まれるかもしれない子どもの養育費にするか、ということに落ち着いた。ちょっとほっとしたけど、そもそも子どもが産まれるかどうかも分からないし、好意を受け止められないもやもやした気持ちはやっぱり残った。

    そんなときに、祖母から電話があった。
    祖母からもお祝いをもらってたので失礼なことではあったんだけど、実はいま困ってるんだと胸の内を伝えてみた。
    そしたら祖母がこんなことを言った。
    ええんや、うれしかろうがうれしくなかろうが、うれしいふりしとき。そんで子どもに充てるのもいい案だけど、もらったお金で毎年の母の日や父の日、誕生日やお歳暮なんかに、今までよりちょっといいやつをプレゼントしてあげ。もらったお金は還元してあげたらいいんやで。悪いなあという気持ちより、そのお金でどんどん喜ばせるものに使ってあげ。

    一番すとんと落ちた。
    なるほどー!おばあちゃんありがとう!!と言ってさっぱりとした気持ちで切った。

    今回の件で、わたしたちの結婚は2人だけで完結するものじゃないことを感じれた。お祝いをいただき、それに対してお礼を伝えたことで、わたしたちと周りの人との間に新しい関係性ができた。今まで無関係でいた恋人の配偶者のご両親とも会話することができた。今まで親をとおしての関係だったわたしの親戚とも、独立したわたしたち世帯としての関係性ができた。
    その関係性を大事にして、お金を還元するという意味も含め、時折品物を送ったり連絡をとっていければいいなと思えた。お金は人間関係の潤滑油になりうるものだと思う。

    これを機に、両家の親類といい関係を築いていければいいな。ちょっと面倒な気持ちは拭えないけど、今は煩わしさよりうれしさや背筋をしゃんとしなきゃという気持ち強いから大丈夫そう。

    まだうまく好意をうまく受け止められなくても、だましだまし喜んで、こういう状況や気持ちに慣れていきたいなと思った。

    おばあちゃんにはかなわないなあ。おばあちゃんにはまだまだ甘えてしまうな。

    (久しぶりに文章書いたから、時間がかかった…)

    うちの大根おろし担当大臣

    わたしは胃が弱い。

    家族みんな弱いので遺伝性のものかもしれない。大好きなおもちを食べると胃がずんと重たくなり、冷えたお惣菜の天ぷらを食べると胃は働くことを放棄する。

    わたしの胃は憎たらしいほど繊細なやつ。

    胃が弱いわたしにとって、大根おろしは生活に無くてはならない存在だ。

    わたしが幼いころ、お雑煮や天ぷら、焼き肉で胃もたれしてげっぷが止まらないとき、祖母がよく大根おろしをつくってくれた。それはとても辛味が強く、わたしが食べられないよと泣き言をいうと祖母は決まって「噛まずに喉に流し込むんや!食べ物だと思うからあかんのや、薬だと思って飲め」と言って食べさせてくれたものだ。

    祖母がおろしてくれた大根おろしを食べると、不思議と喉元まで圧迫するような不快さがだんだんと治まり、胃が徐々にぐるぐる働き始めた。

    大根おろしのジアスターゼは、わたしの繊細な胃を優しくなだめ、働くことを促してくれる頼りになるやつだ。市販の胃薬より、ずっと大根おろしの方がよく効いた。 

    ***

    一人暮らしを始めてから、わたしは自分で大根おろしを作るようになった。そして、辛味が弱い根本の部分より、辛味の強い先っぽの方がよく効くことを初めて知った。祖母が決まって辛味の強い大根おろしをつくってくれたのは、苦行を強いてたわけでなく優しさからだったんだなとここで分かる。

    わたしは自ら大根の先っぽを買うようになった。たいていスーパーで上下半分に切られたものが売られていると先っぽの方が売れ残ってるし、わたしは喜んでその先っぽを買い占めた。

    大根をおろす作業は骨が折れる。胃が弱ってるときは力が入りにくいので、余計にたいへんな作業のように感じる。でも、胃を治すためにはこの苦行を乗り越えねばならぬ。いつも必死に大根をおろしていた。おろし器は半年に1回ほど買い替えた。

    一人暮らしで胃が痛くなると、わたしは本当に心細かった。

    ***

    そして現在、わたしには救世主がいる。わたしは、恋人のことを「大根おろし担当大臣」と呼んでいる。

    胃のご機嫌が悪くなれば、わたしは「だいこんおろし〜〜たんとーだいじん!!」と国会議長のように叫び、恋人が「はい!」と良い返事をする。すると、朝だろうが夜中だろうが、大根をじゃんじゃんおろす。そしてそれにポン酢をかけて、とびきり辛い大根おろしをわたしの目の前に用意してくれる。

    わたしはそれをヒーヒー言いながらありがたくいただき、あとは電気アンカでお腹を暖めながら胃のご機嫌が良くなることをただ待つのみ。

    今ではわたしのヘルプがあると大根おろし担当大臣がスーパーで大根の先っぽを買い占めてくれるし、大根おろし担当大臣がすごく良い性能をもったおろし器をAmazonでぽちってくれる。

    わたしは専属の大根おろし担当大臣がいて、とても心強く思う。

    入籍した時、祖母にこっそり報告した。今では、恋人がわたしに大根おろしをつくってくれてるんだよ、と。

    祖母はとても嬉しそうに言った。それは安心だなあ。

    そういうおはなし。

     

    追記

     たくさんアクセスとブックマークがついててびっくりした。

    bambi_eco1020 - 『うちの大根おろし担当大臣 - 今日がよければすべてよ…』 へのコメント

    良いですね☆良い性能のおろし器が気になる!

    2014/10/21 20:36 にブックマーク

    こんなブコメがあったので、ちょっと追記してみる。(えこさん、idコールしてごめんなさい)

    でもあんま思い出せなかった。

    今は楽天で買ったこれ 使ってる。

    底がゴム製で滑らないし、おろし器の角度が気に入ってる。

    【サンクラフト】 おろし器セット 全3色 (受け皿付き) FC-15-17 

    http://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/suncraftkitchen/cabinet/fresh-color/fc-15-17.jpg?_ex=270x270&s=2&r=1

     

       

    前回使ってたもの。

    関孫六 ワイド大根おろし器 DH-3305

    関孫六 ワイド大根おろし器 DH-3305

     

     力を入れずに大量におろせたけど、受け皿あったほうがよかったしもっと小さいサイズでよかった。

    次はこれを狙ってる。 

    おろしま専科(ブラック)

    おろしま専科(ブラック)

     

     

      これは買ったことあるけどあまり使わなくてお蔵入り。

    貝印 SELECT 100 指ガード DH-3021

    貝印 SELECT 100 指ガード DH-3021

     

     

    狭めのアパート暮らしだから、大きすぎるとスペースをとるので小さいサイズがいい。

    フードプロセッサーも買ったことあるけど、より少量をすぐ食べれてすぐ洗える手動ものに戻った。

    でもいつか大きな家に住んだらこれほしい。

    電動 スーパーおろし丸
     

     

    しあわせに不慣れな2人の会話

    昨日の夜、寝る前に恋人のとなりでごろごろしながら話したこと。

     

    今、わたしは恋人のことをすごく好きで、恋人も今わたしのことをすごく好きだと思ってくれてるよね。それが分かる。ことばに出さなくてもお互い自信を持って好き合っていることをちゃんと感じる。でもこんな時期ももう少ししたら終わるだろうねえ。

    そだね。

    今の状態はたぶん、両家の挨拶や顔合わせ、入籍や挙式のことなんかで、2人が足並みそろえないとうまくいかないから、無意識にしあわせ絶頂脳内麻薬みたいなものをお互い分泌して、お互いのことが好きで好きでしょうがなくなってる時期なんだと思う。いつもなら嫌なところが今はすべて可愛く思えて許せてしまうような。

    そうかもね。でも、無理して足並みそろえようとしてたの?俺はそんなことないけど。

    いや、それこそお互い無意識のうちにしてるのかなと思って。そうじゃないと休日に毎日一緒にいるのに2人がケンカ1つしないのって、うちらにしちゃおかしいじゃない。

    不思議だよね。

    わたしは今これがすごくたのしいよ。2人ともいつも妙にハイテンションで、なんかおもしろいよね。付き合って1ヶ月の高校生カップルみたいな雰囲気だもんね。でもこれも、いつかはおさまっちゃうね。

    うん。おさまるだろうね。でもそれは悪いことじゃなくてむしろ自然なことだよね。そっちのほうが気楽だしね。お互いがお互いを今ほど必要としなくなる時期がくるんだろうね。良い意味でも悪い意味でも。むしろ疎ましく感じることもこれからも幾度となくあるんだろうね

    そだね。そう考えると少しこわいなあ。

    こわくないよ。今までもそんなことたくさんあったし、これからもそんな日がきたら、どうってことなく過ぎるはずだよ。

    そだな。今までそんなことばっかりだったもんな。たしかにたしかに。今がうちらの仲のピークなんかな。

    ピークかもね。

    ピークか。まあピークでもいいか。

    うん、いいよ。

    でもさ。これからもいろんな言い争いして揉めたり仲違いすることもあるだろうけど、でも、できるだけ離婚とかはしたくないな。

    うん。したくないね。

    うん。やめとこうね。

    やめとこう。

    おやすみ。

    おやすみ。 

    経験しないと分かんないこと

    両家へ結婚の挨拶をしてきました。とても大切な日となりました。

    わたしはこの2日間で多くの気持ちを学びました。経験してみないとわかんない感情を知ったんだと思う。 

     家族のこと

    わたしは家族のみんなとうまくいってなかった。

    わたしが小学校高学年の頃に、家族の何人かに変調があり、うちの家からは毎日のように雄叫びがあがることから近所からは遠巻きにされ、暴力や自傷行為などで警察や救急車のお世話になることが何度かあるような中で育った。

    大学へ出るまでわたしはこの家族の中から逃げることもできず、逃げる気力すらなく呆然と過ごしていたけど、大学進学を機に遠方へ逃げた。

    ただその後もいい距離感を保てず、母親と共依存の関係になったり、実家から逃げた自分を責めて「帰らねば」という強迫観念に悩まされたり、うまく付き合って行けない状態だった。

    最近は、揉め事やいざこざは大なり小なり発生してはいるけど、昔からは考えられないほどいつの間にかある程度穏やかな家庭になった。

    でも、わたしには当時の家族の姿や雰囲気を払拭できずに、どう受け止めていいのか、どう付き合っていけばいいのか分からなかった。また元に戻るんじゃないかという不安もあり信じ切れないところもあった。

    なので、いざ挨拶へ行くとなったとき、とてもこわかった。家族は恋人と何度か会っており、そのたびに「暗い人だしもっと他に良い人がいるんじゃないか」といわれた。

    本当は挨拶に行かないほうがいいかもなと思っていたけど、恋人は「俺が挨拶に行きたいんだよ」と言ってくれたために、なんとか勇気を出して、行ってきた。

    挨拶へ行ってよかった

    結果として、行ってよかった。

    わたしのがんじがらめだった何かが、ほどけた感じがあった。今までのことすべてを赦し、赦された気持ちになる瞬間があった。

    いつもは声が小さくて他人と目を合わせられずに挙動不審な恋人も、その日はよく通る声で、まっすぐ両親を見て、挨拶をしてくれた。

    「今まであいじさんとは、たいへんなことがありましたが、」ということばを聞いたときには、わたしも母も号泣した。

    わたしがしんどいとき、つらいとき、死のうとしたとき、いつもいつも恋人が必死で踏ん張って助けてくれたことが走馬灯のように駆け巡った。頭がわけわかんなくなり、ことばにならず、ただただ涙しか出なかった。恋人と一緒に、よろしくお願いしますと頭を下げた。

    恋人、とても格好良かった。

    家族の変化を受け止められた気がする

    姉は旅行がどれだけ楽しかったかを身振り手振りを交えてしゃべる姿を見て、昔の姉とはちがうんだなと実感した。めいっこも元気に芸をしてくれた。

     母から花束をもらった。 ガーベラとかすみそうの、きれいでシンプルな花束。わたしが知ってる数少ない花の中で、好きな花を覚えてくれていた。今までもらったどの花束よりもずっしり重く、温かく感じた。

    みんな総出で障子をはりかえてくれたり、部屋の掛け軸を変えてくれたり、家の大掃除をしてくれたみたい。そういうことに気が向くようになって、みんな元気になったんだなあと思った。

    恋人の実家では

    恋人の幼少期のアルバムを見せてもらった。産まれた直後からすでに恋人の面影があっておもしろかったし、今と変わらない仕草や表情をする写真がとても愛おしくて、笑えた。

     結婚とはなんぞや

    Yahoo知恵袋的なやつに、結婚する意味とかメリットについての質問を投稿したことがあるほど、わたしはなぜみんなが結婚したいと思うのかが分からなかった。

    なんでみんな結婚すんの? 同棲から結婚へ思い切るきっかけってなんなの?同棲してたら事足りるよね?結婚したら離婚するの大変じゃない!結婚がよいものなんて幻想でしょ!なんでみんな結婚したいの?そんで、ここまで思ってるのになんでわたしも心のどこかで結婚したいと思ってんの!?

    でも実際に自分がこういう運びとなったときにゃ、月並みだけど理屈じゃないなと思ったよ。理屈じゃない感覚を2人が大切にしていきたいと思えたことと、タイミングとか縁とか勢いとか、なんかそんなやつなんだなって思った。

    それに、結婚の良いとこを結婚する前はよく考えてたけど、全然答えがでなかった。 でも、いざ結婚しようとすると、どんどんと良いことがたくさん発見できる。 結果論だけれど。

    そしてこれまた結果論だけれど、実の両親に加えて、心強い両親がもうひとつできた感じがする。 「大変なことは2人だけで抱え込まずに、相談してきてね、頼ってきてね」という存在が2つもあるなんて贅沢だ。

    あと恋人の両親はとても素敵な方々で、こんな両親の義娘になれるのが嬉しすぎる。

    両家の方々に祝われると、なんだかわたしたち2人の基盤が固まった気がした。今までは2人だけの世界だったのが、もう少し広がった感じ。

    土台がしっかりしてると、落ち着いて構えることができるし、何かにつけて余裕ができると思う。  

    人数が増えるとその分揉めごとが増える可能性は高いけど、それも含めてよしとするのだ!

    挙式とは

    これまた結婚前から考えてたこと。

    結婚式ってなんのため? みんなにお披露目するため? 地盤固め? みんなから祝ってもらいたいから? 感謝を伝えたいってやつ?

    挨拶へ行く前はわたしたち2人とも挙式に関しては冷めてて、したくないよねという意見で一致してたんだけど、挨拶へ行って両家から思わぬほど祝福されたことで、考えが少し変わった。

    あと仲の良い友だちにあらかじめ入籍予定の報告をすると、みんなとても喜んでくれ、中には「ほんま良かったなあ」と涙ぐんでくれる子もいたことが、考えが変わったことのひとつだと思う。

    そういう心から喜んでくれる人がいるってことがうれしいし、喜ばしいことをみんなで共有できる場があればいいなあと思った。 祝われたらこんなうれしい気持ちになるなんて知らなかったから。わたしたちのことをこんなにも喜んでくれる人がいるなんて知らなかったから。

    わたしたち2人は友だちの人数が少ないから、結婚式に出席してもらっても自分の知り合いが1人もいなくてぽつんとしてしまうことを懸念してたけど、今のところ、それでもいいから呼んでねと言ってくれる子ばかり。なんとか策を考える予定だけど、ありがたいです。

    そういう仲の良い友だちを呼んで、「おめでとう」を聞きたいし「ありがとう!」って言いたい。

    ありがとうには、臭いけどあなたの存在がありがとう、ってことも含まれてると思う。 呼びたいと思うからには呼びたい想いがある。実際にお世話になったから。普段から仲が良いから。日々支えてもらってるから。お互いのことが好きだから。あまり会えなくても相手のことを大事に想ってるから。

    そういう想いから、いつもありがとうねって、これからもよろしくねって、伝えられる場所にさせてもらえればありがたいなあと思った。

    だから豪華さじゃなくて、お人形さんみたいに着飾られるだけでもなくて、質素でもわたしたちのことばや想いが伝わりやすく、みんながわたしたちにおめでとうと直接言えるような、会話ができるような、距離が近いような、そういう場が設けれたらいいなって思った。 

     子どもとは

    帰りの電車で、恋人と話したこと。

    今までわたしは自分が毒親になるのこわいし、子どもを自分の我欲を満たすための存在にしてしまうことが怖いから今までわたしは子どもを産んじゃいけないやつなんだと思ってたけど、なぜか今は漠然と「いずれかほしい!」と思ってる自分がいると伝えた。

    恋人は次のように答えてくれた。

    漠然とほしい気持ちに大義名分とか理由とかないくていいし、子どもの存在意義も見出さなくていいと思う。俺が思うに、うまく言えないけど、子どもってのは、親が産んだのがその子どもってだけの関係性であって、それ以上でもそれ以下でもない関係だと思う。随時生まれてくる感情や想いは、またその時に話し合って考えよう。

    なるほどなあって思ったよ。恋人がいい家庭で育ったことがよくわかる。

    わたしはこの人と一緒なら、我が子とも適当な距離をとれるかなと思えた。

     ****

    今もいろいろ面倒なことや悲しいこと、つらいことに向き合わなければいけないことが多々あるから「しあわせ〜ぽよよ〜ん」ってわけではないんだけど、この気持ちや出来事を忘れたくないし、しぼんでしまわないように、早くしたためなきゃ、と思って書きました。

    これからも、普通のなんてことない日常を笑ったり泣いたりしながら送ります。

     

    「うれしい」と思える気持ちがうれしい

    今、人生で一番、高揚してる。昔の自分に「これからいっぱいたのしいことあるから大丈夫だよ」と声をかけてあげたい気分だ。

     この前、結婚指輪を買いにいった。前職の同期にそれを伝えたらびっくりされた。

    どうやら在職中のわたしは「指輪なんて別にいらないよ。ブライダル業界に搾取されたくない。高いし見せびらかすみたいで恥ずかしいし邪魔だし」って言ってたらしい。

    そっか、わたしそんなことを言ってたのか。やっぱりだいぶ荒んでたのかもしれないな。

    でも、そもそもわたしは元から挙式や結婚指輪の必要性を感じてなかった。荒んでただけではない。ところが本当にここ最近になって、その2つがありだなと思い始めた。

    挙式はするかわかんないけど、費用も抑えめで昔ながらの形式ばったもの(ファーストバイトとかも含め)でなければありかもねえ、と話したりしてる。

    不思議。

    自分の変化に不思議だ。

    で、指輪をみてきたんだけど。

    昔住んでた浅草付近に、こじんまりとしたかわいいジュエリー屋さんがあったのを思い出して、行ってきました。

    そこのジュエリーは、変にきどってなくて普段使いできるようなものばかりだったから、いいなと思った。店員さんもフランクだけどとても真摯な対応をしてくれて、ジュエリーに対する熱い想いを持った(自分の仕事に誇りを持った)方だったのが印象的だった。

    前のわたしなら、その熱さにひいてしまってたかもしれないんだけど、今のわたしはその店員さんがかっこよく見えたし、店員さんの褒めことばがうそっぽくなくきこえ、存外に指輪がわたしの左薬指になじんでみえて、きれいだなあと思った。

    わたしの肌は白めだからゴールド系が似合うといわれ、K18?にした。キラキラしすぎるのはいかにもっぽくて恥ずかしいから、いつものTシャ・ツチノパンの格好にも合うマット加工のもの。

    恋人も飽きずに、ニヤニヤと熱心に選んでくれる。

    ちなみに恋人の指輪は買ってない。恋人が欲しがってないし、わたしもつけてほしいわけでないし、何より強制してつけるものじゃないし。恋人は、わたしがほしいという気持ちを大事にしてくれた。それだけで、とてもうれしい。

    ***

    左薬指の指輪って何の意味があるんだろうと、周りがペアリングを付けはじめた高校生あたりから、ずっと考えてた

    ①恋人との愛の証のため

    ②周りに「恋人います」と知らせるため(自慢含む)

    ③オシャレのため

    まあ、どれかだろう、と思ってた。

    だけど、自分がいざ、指輪を欲したときの1番の気持ちはどれでもなかった。

    今、自分がたのしんでる状況やうれしいと思ってる気持ちを大事にしたい、と思ったから。

    籍を入れようか、となってからの、なんか浮き足立つ感じを存分に楽しみたい。恋人と「これがいいかな、これは似合うね」と相談しながらニコニコする時間を共有してたい。

    それは他のことでも代用できるけど、こんなわたしたち2人共がなんとなく浮き足立つようなワクワクするようなことって、あんまりなかった気がする。

    「籍を入れるなら指輪が必要!」という感じではないんだけど、「籍を入れたんだからせっかくだし指輪を買ってみようか!」という感じ。うまく言えないんだけど。

    高い買い物(2人でちょっといい温泉旅行に2泊できるくらい)だから、ノリで買えるものではないけど、でも少し気が引き締まるような、ちょっともじもじそわそわするような、そんな感じが気恥ずかしくてすごくたのしい。

    注文してからつくってくれるらしいから、まだ手元にないんだけど、それもまた待ち遠しさがあってたのしい。

    何より、自分が結婚指輪をほしいと思えたことが、1番うれしい。

    ヒリヒリする

    恋人と離島へ旅行に行ってきた。

    キューバダイビングをした。 海は透明度が高く、カラフルな魚がたくさんいた。わたしはライセンスを持ってるので、耳抜きに苦戦したり浮力調整がうまくいかずもがいてる恋人を放っておいて、水の中を浮遊しながらひたすらぼーっとしてた。

    海の中はとても静かで、時間がゆっくりと流れる。レギュレーターからこぼれる自分の吐いた空気が泡となって、水上にのぼる過程をじいっと眺める。だんだんと自分の呼吸もゆっくりになる。 水面からは、東京では浴びられないほど強い日差しが照りつけてるのが分かる。イカナゴの大群が泳いでるのが見える。

    キューバはハイソなレジャーだ。ライセンスは大学で安くとれるコースがあったから取得できただけ。多額の金を払ってわざわざ呼吸のできない場所へ呼吸をするための重い機材を背負って行く。毎年できる類のものではないけど、お金がたまったらまた行きたいと思わせる何かがある。

    それからマングローブの中をカヌーで渡ったり、滝つぼダイブしたりした。

    あれほどくたくたになったのは久しぶりだった。ホテルに帰ったら泥のように眠った。

    日焼け対策もバッチリだったはずなのに、頬がひりひり痛い。でも、それすらも楽しい時間を過ごした証のような気がして、悪くない気分だ。