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    しあわせに不慣れな2人の会話

    昨日の夜、寝る前に恋人のとなりでごろごろしながら話したこと。

     

    今、わたしは恋人のことをすごく好きで、恋人も今わたしのことをすごく好きだと思ってくれてるよね。それが分かる。ことばに出さなくてもお互い自信を持って好き合っていることをちゃんと感じる。でもこんな時期ももう少ししたら終わるだろうねえ。

    そだね。

    今の状態はたぶん、両家の挨拶や顔合わせ、入籍や挙式のことなんかで、2人が足並みそろえないとうまくいかないから、無意識にしあわせ絶頂脳内麻薬みたいなものをお互い分泌して、お互いのことが好きで好きでしょうがなくなってる時期なんだと思う。いつもなら嫌なところが今はすべて可愛く思えて許せてしまうような。

    そうかもね。でも、無理して足並みそろえようとしてたの?俺はそんなことないけど。

    いや、それこそお互い無意識のうちにしてるのかなと思って。そうじゃないと休日に毎日一緒にいるのに2人がケンカ1つしないのって、うちらにしちゃおかしいじゃない。

    不思議だよね。

    わたしは今これがすごくたのしいよ。2人ともいつも妙にハイテンションで、なんかおもしろいよね。付き合って1ヶ月の高校生カップルみたいな雰囲気だもんね。でもこれも、いつかはおさまっちゃうね。

    うん。おさまるだろうね。でもそれは悪いことじゃなくてむしろ自然なことだよね。そっちのほうが気楽だしね。お互いがお互いを今ほど必要としなくなる時期がくるんだろうね。良い意味でも悪い意味でも。むしろ疎ましく感じることもこれからも幾度となくあるんだろうね

    そだね。そう考えると少しこわいなあ。

    こわくないよ。今までもそんなことたくさんあったし、これからもそんな日がきたら、どうってことなく過ぎるはずだよ。

    そだな。今までそんなことばっかりだったもんな。たしかにたしかに。今がうちらの仲のピークなんかな。

    ピークかもね。

    ピークか。まあピークでもいいか。

    うん、いいよ。

    でもさ。これからもいろんな言い争いして揉めたり仲違いすることもあるだろうけど、でも、できるだけ離婚とかはしたくないな。

    うん。したくないね。

    うん。やめとこうね。

    やめとこう。

    おやすみ。

    おやすみ。 

    経験しないと分かんないこと

    両家へ結婚の挨拶をしてきました。とても大切な日となりました。

    わたしはこの2日間で多くの気持ちを学びました。経験してみないとわかんない感情を知ったんだと思う。 

     家族のこと

    わたしは家族のみんなとうまくいってなかった。

    わたしが小学校高学年の頃に、家族の何人かに変調があり、うちの家からは毎日のように雄叫びがあがることから近所からは遠巻きにされ、暴力や自傷行為などで警察や救急車のお世話になることが何度かあるような中で育った。

    大学へ出るまでわたしはこの家族の中から逃げることもできず、逃げる気力すらなく呆然と過ごしていたけど、大学進学を機に遠方へ逃げた。

    ただその後もいい距離感を保てず、母親と共依存の関係になったり、実家から逃げた自分を責めて「帰らねば」という強迫観念に悩まされたり、うまく付き合って行けない状態だった。

    最近は、揉め事やいざこざは大なり小なり発生してはいるけど、昔からは考えられないほどいつの間にかある程度穏やかな家庭になった。

    でも、わたしには当時の家族の姿や雰囲気を払拭できずに、どう受け止めていいのか、どう付き合っていけばいいのか分からなかった。また元に戻るんじゃないかという不安もあり信じ切れないところもあった。

    なので、いざ挨拶へ行くとなったとき、とてもこわかった。家族は恋人と何度か会っており、そのたびに「暗い人だしもっと他に良い人がいるんじゃないか」といわれた。

    本当は挨拶に行かないほうがいいかもなと思っていたけど、恋人は「俺が挨拶に行きたいんだよ」と言ってくれたために、なんとか勇気を出して、行ってきた。

    挨拶へ行ってよかった

    結果として、行ってよかった。

    わたしのがんじがらめだった何かが、ほどけた感じがあった。今までのことすべてを赦し、赦された気持ちになる瞬間があった。

    いつもは声が小さくて他人と目を合わせられずに挙動不審な恋人も、その日はよく通る声で、まっすぐ両親を見て、挨拶をしてくれた。

    「今まであいじさんとは、たいへんなことがありましたが、」ということばを聞いたときには、わたしも母も号泣した。

    わたしがしんどいとき、つらいとき、死のうとしたとき、いつもいつも恋人が必死で踏ん張って助けてくれたことが走馬灯のように駆け巡った。頭がわけわかんなくなり、ことばにならず、ただただ涙しか出なかった。恋人と一緒に、よろしくお願いしますと頭を下げた。

    恋人、とても格好良かった。

    家族の変化を受け止められた気がする

    姉は旅行がどれだけ楽しかったかを身振り手振りを交えてしゃべる姿を見て、昔の姉とはちがうんだなと実感した。めいっこも元気に芸をしてくれた。

     母から花束をもらった。 ガーベラとかすみそうの、きれいでシンプルな花束。わたしが知ってる数少ない花の中で、好きな花を覚えてくれていた。今までもらったどの花束よりもずっしり重く、温かく感じた。

    みんな総出で障子をはりかえてくれたり、部屋の掛け軸を変えてくれたり、家の大掃除をしてくれたみたい。そういうことに気が向くようになって、みんな元気になったんだなあと思った。

    恋人の実家では

    恋人の幼少期のアルバムを見せてもらった。産まれた直後からすでに恋人の面影があっておもしろかったし、今と変わらない仕草や表情をする写真がとても愛おしくて、笑えた。

     結婚とはなんぞや

    Yahoo知恵袋的なやつに、結婚する意味とかメリットについての質問を投稿したことがあるほど、わたしはなぜみんなが結婚したいと思うのかが分からなかった。

    なんでみんな結婚すんの? 同棲から結婚へ思い切るきっかけってなんなの?同棲してたら事足りるよね?結婚したら離婚するの大変じゃない!結婚がよいものなんて幻想でしょ!なんでみんな結婚したいの?そんで、ここまで思ってるのになんでわたしも心のどこかで結婚したいと思ってんの!?

    でも実際に自分がこういう運びとなったときにゃ、月並みだけど理屈じゃないなと思ったよ。理屈じゃない感覚を2人が大切にしていきたいと思えたことと、タイミングとか縁とか勢いとか、なんかそんなやつなんだなって思った。

    それに、結婚の良いとこを結婚する前はよく考えてたけど、全然答えがでなかった。 でも、いざ結婚しようとすると、どんどんと良いことがたくさん発見できる。 結果論だけれど。

    そしてこれまた結果論だけれど、実の両親に加えて、心強い両親がもうひとつできた感じがする。 「大変なことは2人だけで抱え込まずに、相談してきてね、頼ってきてね」という存在が2つもあるなんて贅沢だ。

    あと恋人の両親はとても素敵な方々で、こんな両親の義娘になれるのが嬉しすぎる。

    両家の方々に祝われると、なんだかわたしたち2人の基盤が固まった気がした。今までは2人だけの世界だったのが、もう少し広がった感じ。

    土台がしっかりしてると、落ち着いて構えることができるし、何かにつけて余裕ができると思う。  

    人数が増えるとその分揉めごとが増える可能性は高いけど、それも含めてよしとするのだ!

    挙式とは

    これまた結婚前から考えてたこと。

    結婚式ってなんのため? みんなにお披露目するため? 地盤固め? みんなから祝ってもらいたいから? 感謝を伝えたいってやつ?

    挨拶へ行く前はわたしたち2人とも挙式に関しては冷めてて、したくないよねという意見で一致してたんだけど、挨拶へ行って両家から思わぬほど祝福されたことで、考えが少し変わった。

    あと仲の良い友だちにあらかじめ入籍予定の報告をすると、みんなとても喜んでくれ、中には「ほんま良かったなあ」と涙ぐんでくれる子もいたことが、考えが変わったことのひとつだと思う。

    そういう心から喜んでくれる人がいるってことがうれしいし、喜ばしいことをみんなで共有できる場があればいいなあと思った。 祝われたらこんなうれしい気持ちになるなんて知らなかったから。わたしたちのことをこんなにも喜んでくれる人がいるなんて知らなかったから。

    わたしたち2人は友だちの人数が少ないから、結婚式に出席してもらっても自分の知り合いが1人もいなくてぽつんとしてしまうことを懸念してたけど、今のところ、それでもいいから呼んでねと言ってくれる子ばかり。なんとか策を考える予定だけど、ありがたいです。

    そういう仲の良い友だちを呼んで、「おめでとう」を聞きたいし「ありがとう!」って言いたい。

    ありがとうには、臭いけどあなたの存在がありがとう、ってことも含まれてると思う。 呼びたいと思うからには呼びたい想いがある。実際にお世話になったから。普段から仲が良いから。日々支えてもらってるから。お互いのことが好きだから。あまり会えなくても相手のことを大事に想ってるから。

    そういう想いから、いつもありがとうねって、これからもよろしくねって、伝えられる場所にさせてもらえればありがたいなあと思った。

    だから豪華さじゃなくて、お人形さんみたいに着飾られるだけでもなくて、質素でもわたしたちのことばや想いが伝わりやすく、みんながわたしたちにおめでとうと直接言えるような、会話ができるような、距離が近いような、そういう場が設けれたらいいなって思った。 

     子どもとは

    帰りの電車で、恋人と話したこと。

    今までわたしは自分が毒親になるのこわいし、子どもを自分の我欲を満たすための存在にしてしまうことが怖いから今までわたしは子どもを産んじゃいけないやつなんだと思ってたけど、なぜか今は漠然と「いずれかほしい!」と思ってる自分がいると伝えた。

    恋人は次のように答えてくれた。

    漠然とほしい気持ちに大義名分とか理由とかないくていいし、子どもの存在意義も見出さなくていいと思う。俺が思うに、うまく言えないけど、子どもってのは、親が産んだのがその子どもってだけの関係性であって、それ以上でもそれ以下でもない関係だと思う。随時生まれてくる感情や想いは、またその時に話し合って考えよう。

    なるほどなあって思ったよ。恋人がいい家庭で育ったことがよくわかる。

    わたしはこの人と一緒なら、我が子とも適当な距離をとれるかなと思えた。

     ****

    今もいろいろ面倒なことや悲しいこと、つらいことに向き合わなければいけないことが多々あるから「しあわせ〜ぽよよ〜ん」ってわけではないんだけど、この気持ちや出来事を忘れたくないし、しぼんでしまわないように、早くしたためなきゃ、と思って書きました。

    これからも、普通のなんてことない日常を笑ったり泣いたりしながら送ります。

     

    「うれしい」と思える気持ちがうれしい

    今、人生で一番、高揚してる。昔の自分に「これからいっぱいたのしいことあるから大丈夫だよ」と声をかけてあげたい気分だ。

     この前、結婚指輪を買いにいった。前職の同期にそれを伝えたらびっくりされた。

    どうやら在職中のわたしは「指輪なんて別にいらないよ。ブライダル業界に搾取されたくない。高いし見せびらかすみたいで恥ずかしいし邪魔だし」って言ってたらしい。

    そっか、わたしそんなことを言ってたのか。やっぱりだいぶ荒んでたのかもしれないな。

    でも、そもそもわたしは元から挙式や結婚指輪の必要性を感じてなかった。荒んでただけではない。ところが本当にここ最近になって、その2つがありだなと思い始めた。

    挙式はするかわかんないけど、費用も抑えめで昔ながらの形式ばったもの(ファーストバイトとかも含め)でなければありかもねえ、と話したりしてる。

    不思議。

    自分の変化に不思議だ。

    で、指輪をみてきたんだけど。

    昔住んでた浅草付近に、こじんまりとしたかわいいジュエリー屋さんがあったのを思い出して、行ってきました。

    そこのジュエリーは、変にきどってなくて普段使いできるようなものばかりだったから、いいなと思った。店員さんもフランクだけどとても真摯な対応をしてくれて、ジュエリーに対する熱い想いを持った(自分の仕事に誇りを持った)方だったのが印象的だった。

    前のわたしなら、その熱さにひいてしまってたかもしれないんだけど、今のわたしはその店員さんがかっこよく見えたし、店員さんの褒めことばがうそっぽくなくきこえ、存外に指輪がわたしの左薬指になじんでみえて、きれいだなあと思った。

    わたしの肌は白めだからゴールド系が似合うといわれ、K18?にした。キラキラしすぎるのはいかにもっぽくて恥ずかしいから、いつものTシャ・ツチノパンの格好にも合うマット加工のもの。

    恋人も飽きずに、ニヤニヤと熱心に選んでくれる。

    ちなみに恋人の指輪は買ってない。恋人が欲しがってないし、わたしもつけてほしいわけでないし、何より強制してつけるものじゃないし。恋人は、わたしがほしいという気持ちを大事にしてくれた。それだけで、とてもうれしい。

    ***

    左薬指の指輪って何の意味があるんだろうと、周りがペアリングを付けはじめた高校生あたりから、ずっと考えてた

    ①恋人との愛の証のため

    ②周りに「恋人います」と知らせるため(自慢含む)

    ③オシャレのため

    まあ、どれかだろう、と思ってた。

    だけど、自分がいざ、指輪を欲したときの1番の気持ちはどれでもなかった。

    今、自分がたのしんでる状況やうれしいと思ってる気持ちを大事にしたい、と思ったから。

    籍を入れようか、となってからの、なんか浮き足立つ感じを存分に楽しみたい。恋人と「これがいいかな、これは似合うね」と相談しながらニコニコする時間を共有してたい。

    それは他のことでも代用できるけど、こんなわたしたち2人共がなんとなく浮き足立つようなワクワクするようなことって、あんまりなかった気がする。

    「籍を入れるなら指輪が必要!」という感じではないんだけど、「籍を入れたんだからせっかくだし指輪を買ってみようか!」という感じ。うまく言えないんだけど。

    高い買い物(2人でちょっといい温泉旅行に2泊できるくらい)だから、ノリで買えるものではないけど、でも少し気が引き締まるような、ちょっともじもじそわそわするような、そんな感じが気恥ずかしくてすごくたのしい。

    注文してからつくってくれるらしいから、まだ手元にないんだけど、それもまた待ち遠しさがあってたのしい。

    何より、自分が結婚指輪をほしいと思えたことが、1番うれしい。

    ヒリヒリする

    恋人と離島へ旅行に行ってきた。

    キューバダイビングをした。 海は透明度が高く、カラフルな魚がたくさんいた。わたしはライセンスを持ってるので、耳抜きに苦戦したり浮力調整がうまくいかずもがいてる恋人を放っておいて、水の中を浮遊しながらひたすらぼーっとしてた。

    海の中はとても静かで、時間がゆっくりと流れる。レギュレーターからこぼれる自分の吐いた空気が泡となって、水上にのぼる過程をじいっと眺める。だんだんと自分の呼吸もゆっくりになる。 水面からは、東京では浴びられないほど強い日差しが照りつけてるのが分かる。イカナゴの大群が泳いでるのが見える。

    キューバはハイソなレジャーだ。ライセンスは大学で安くとれるコースがあったから取得できただけ。多額の金を払ってわざわざ呼吸のできない場所へ呼吸をするための重い機材を背負って行く。毎年できる類のものではないけど、お金がたまったらまた行きたいと思わせる何かがある。

    それからマングローブの中をカヌーで渡ったり、滝つぼダイブしたりした。

    あれほどくたくたになったのは久しぶりだった。ホテルに帰ったら泥のように眠った。

    日焼け対策もバッチリだったはずなのに、頬がひりひり痛い。でも、それすらも楽しい時間を過ごした証のような気がして、悪くない気分だ。

    嫌がられないことに慣れていく

    「箱入り息子の恋」を観た。 そこをそういう風にもってっちゃうか?みたいな興ざめする展開が2箇所ほどあったけど、わたしにとってはおもしろい映画だった。

    理由はどう考えても、主人公が恋人にそっくりだから。逆にこの主人公を恋人と重ねて観ない方がおかしいだろうと思うほど、恋人と主人公が似てた。気持ち悪さとか、口下手なところとか。 この主人公にもっとリアリティを持たせたのが恋人かもしれない。

    30うん年間、女性と接する経験がなかった主人公が、初めて女性が自分のことを嫌がらない反応をとったとき。初めて女性に腕を掴まれたとき。初めて女性の手を握ったとき。初めてキスをしたとき。はじめて裸で抱き合ったとき。 その都度の反応に、既視感があった。

    まだ付き合う前、恋人はわたしと体のどこかが触れ合っただけで尋常じゃない汗と震え、それから激しい動揺を見せた。 30うん年間、誰とも付き合ったことがなく、それどころか女性とほとんど話したことすらない。 特に最後の2,3年は、恋人はフリーランスだったため、普段はほとんど人と会話をすることがなかったときだったから、なおさらの緊張だったのかも。

    恋人は、だんだん自分が相手の手に触れても嫌がられないという安心感を覚えてくれた。手を触れること、肩を寄せ合うこと、抱き合うこと、キスをすること。 ひとつひとつの行いごとに、恋人は泣いた。 「こんなに泣くこと、今まではなかったんだけどな」と恥ずかしそうに泣き笑う姿。 わたしは笑ったり、困ったりしながら、落ち着くのを待ってた。

    主人公はまだよく話せる方だと思った。恋人はわたしに「好き」と伝えるまでに2時間かかったからな。肌寒い10月の22〜0時、公園で2人で無言で座る。警察の方にもう遅いから帰りな!といわれて、えいっと好きですと言われてえいっと付き合いましょう!と言った。 結局、終電を逃して、2人で満喫に行った。恋人はかすかに震えてたし、緊張でか体が冷たかった。 初めて手をつないで、狭い部屋で少し眠り、始発で別れた。 帰りのメールで「今でも信じられないよ。ふわふわしてる」みたいなメールがきた。

    この映画は、昔のそういう細かな恋人の動作や表情、立ち居振る舞いを思い出させてくれた。ちょっとそういう意味で涙ぐんだ。

    あとベッドシーンが綺麗だった。

    アップリケ生活をはじめませんか

    最近、アップリケにハマっている。ワッペンともいうのか?でもアップリケのほうがアップリケのまぬけな雰囲気に合ってるので、アップリケと呼ぶ。

    アップリケにハマったのは本当にここ最近だ。

    あれはとても有能だ。今までアップリケの有能さを知らなかった期間がもったいない。

    きっかけ

    なんかかわいくて安いものないかねーと思って500円以下という条件でzozoってると、une nana cool というブランドに、アップリケというへんてこりんなものを見つける。送料無料なので試しに1枚買ってみると、なんかすげえ小さくてぺらっぺらなのが届く。

    なにこれ、かわいい、と恋人と褒め称える。

    それから、売ってるものを片っ端から買っている(といっても注文してるの含めて6つしか持ってない。大袈裟に言いたかっただけ)。

    では、アップリケの良さとは?

    それ自体が可愛い

    とにかくまぬけでゆるい。ちっちゃくてよい。どれだけまぬけなのを選ぶかが大事。

    すごく小さいのに緻密にできている。かと思えば顔のパーツが崩れているものもある。

    中には「ニャンプリケ」という名前の猫のアップリケがある。なんだこれ。買うしかないじゃないか。

    種類が豊富

    たいていが動物だけど、人が虹を掲げてる平和なものがあったり、浮遊してるお姉さんシリーズがあったり、ディズニーの白雪姫に出てくる毒りんごの魔女までいる。すごいバリエーションだ。見てるだけでたのしい。

    オリジナリティがでる

    わたしは退職してから金がないので、服はたいてい無印かUNIQLOだ。でもそれなりにこだわりがある。

    それは「無地」ということ。柄物だと、どこのメーカーかバレやすく、いかにもな感じが出るので、できる限り無地が無難。そして着心地がよく、安っちくないもの。

    そうなると、ありきたりな量産型の、無個性なものしか買わなくなる。

    そこでアップリケの出番だ。

    白シャツ、パーカー、カーディガン、靴下、腹巻き、マフラー(まだ着ないのに)など。他にもいけそう。

    まだ3つほどしか手に入れてないので、これからペタペタするつもり。

     また、恋人は金はあるが無地しか着ないので、やっぱりアップリケが必要となる。だから、この間のアップリケの注文は、恋人からのあたたかい寄付があった。

    安い

    1つ108円からある。

    凝ったものは300円くらいになるけど、それくらいは誤差の範囲だ。オリジナリティのある自分のダサかわいい衣類ができるのだったら、それくらい構わない!そして恋人からの寄付もあるので、いける。安さバンザイ。

    簡単

    たいていは、あて布でアイロンをかけたら完成。ちくちく縫う必要がない。かわいいものが簡単にできる。これは助かる。

    ちなみにビニール生地のパーカなどには、安全ピンでとめている。

    *** 

    みんなもぜひ、アップリケ生活をご享受ください。

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    無印カットソーに緑カエルです

    肌の綺麗な女性はすきですか

    わたしは肌が汚い。

    全体的に赤らんでいて、毛穴も目立ち、特に頬周りから顎にかけて(フェイスライン?)が、ぶつぶつだらけだ。

    平日は肌に負担の少ないBBクリームを薄く塗るだけだけど、出かけるときは、念入りに下地やファンデーションを塗り、おしろいをぱたぱたはたいて、できる限り肌のでこぼこが分からないようにしてる。 だけど。 やっぱり、本物の肌の綺麗な子には到底かなわない。

    透明感のあるぷるぷるな肌。 のどから手が出るほど、わたしはその肌がほしい。

    手入れはしっかりしてるつもり。 メイク落としはジェルで優しく2回ほど。ホイップ状の洗顔で〜〜なんたらかんたら〜〜のあとの保湿。 もちろん枕カバーは毎日洗ってる。

    でも、フェイスラインの荒れは変わらない。ネット情報だと、ホルモンバランスの乱れだとか。 確かにわたしは生理不順で、黄体ホルモン量が相対的に足りないらしく、婦人科にかかっている。服薬を始めたのは先月からだけど。 どれだけ手入れしても、一向に効果は出ない。 人に横顔を見られるのが恥ずかしい。 これは治るんだろうか。

    肌の悩みの始まりは、もうずっと前から。 小学生の頃から赤ら顔で、いつも「ほっぺにりんごが入ってるんちゃうの〜?」とからかわれた。 中学生の頃は、思春期であると同時に、家が荒れはじめた時期でもあったからか、相当ひどい状態だった。 今もケロイド状のニキビ跡があるけど、とにかく顔全体がニキビだらけ。朝起きたら枕元に血が付いてるほど。毎日顔のどこかのニキビから血がでてたから。 今思い出してもあれは泣きたくなる。

    炎症をおこして腫れたニキビ。顔を洗うのが痛くて痛くて。 皮膚科に行ったけど、効果がないどころか悪化するだけ。

    高校生になると、中学よりは落ち着いた。「血だらけでこぼこ」から、「ぶつぶつ赤ら顔」になる。

    大学生になり、やっと家元を離れたら、とても肌の調子がよくなった。 もちろん肌が綺麗な人からすると、まだまだざらつきはあったとしても、自分の肌人生の中で、1番綺麗だったと思う。皮膚トラブルらしきものが少なかった。

    でも、就職してから退職するまでの間に、かなりひどいことになる。 当時は生きてくのに必死すぎて、悪くなる過程をまったく覚えてないのだけど、気づいたときには顔全体が真っ赤で、でこぼこ、ぶつぶつの炎症ニキビ、吹き出物だらけ。毛穴は開きっぱなしで黒ずむ。中学生のときとはまた違ったひどさ。

    今は、退職後の状態より幾分マシになった。毛穴は閉じてきたし、フェイスライン以外はぷつぷつくらいで落ち着いてる。 ただ、フェイスラインはあまり改善はみられない。

    もちもち、つるつる、うるうる肌の人に、本当に憧れる。 どんなに高い服やアクセサリーで着飾っても、結局肌が汚いと魅力が半減する。 あと、髪の毛のツヤもかな。

    肌や髪などの美しさこそが、女性の魅力だと痛感してる。

    悲観的にならず、スキンケアとヘアケアを続けていくよ。 来週から離島へバカンスに行ってくるので、すっぴんを気にせずはしゃいでくる。 それから日焼け後のスキンケアを忘れずにするよ。 わたしゃ、がんばるよ。

    自分の市場価値を肌で感じた

    今日は面接でした。社会人アルバイトから始まって、契約社員や正社員登用もあるような、スタートアップの会社。

    まあわたしには見合わないよな、とは思ってたけど、とても素敵な会社だから、背伸びして面接受けてきた。
    でも10分でおわって、今帰り道。

    10分って…。
    えっ!?マジかよ!?えーーーー、ってなった。会社や競合研究とか自分の経歴説明とかに費やした時間も、何もかも無駄だったのー?無意味だったのー?(アナ雪風に)しかも5分待たされたから、実質5分やないかーーー!

    眼中にないってこのことだよ。全然あなたに興味ありません、という感じは結構つらいねえ。

    就活もつらかったけど、新卒の就活は大学や資格の後ろ盾があったから、まだなんとかなった。でも今は業界が全然ちがうし、所属もないし、真っ裸で挑んでるからな。

    惨めすぎるけど、これが今のわたしの社会的地位と市場価値だ。

    向き合うと、本当に滅入るから、今日は現実逃避する。

    早くパンプス脱いでコンタクトとって、横になりたい。
    渋谷きらい…。

    ごちゃごちゃなやつを整理してくる

    今日は前職の同期と会ってくる。
    今でも前の組織は苦手だけど、同期にはとても恵まれてたと思う。ほとんど新卒かそれに近い子たちばかりだからか、みんな素直で、なおかつ聡明で感じのいい雰囲気をもちあわせた優秀な子たち。

    ただ、従順すぎるところがわたしと合わなかったかもしれない。
    わたしなら不満や反感を持つような場面でも、素直に受け止めてしまう。そういった潔白なところがみんなに共通してた。

    「組織ってのはそういうとこだぜ?我慢しろよ」といってくるような穿った見方をするような子は、わたしともう1人の男の子以外はいなかった。

    わたしと似たような考えをするその男の子は、わたしと違ってちゃんとその反抗心とうまく付き合ってた。

    よく2人で飲みにいった。わたしがしんどくなったときも、休職したときも、辞めたあとも、連絡をくれた。本当にクールでナイスガイなやつだった。

    今日は同期の女の子ばかりと会ってくる。またみんなの良い子なところによって、自分のドス黒さを思い知らされて、ゼイゼイ言いながら帰ってくるかもしれない。

    でも、わたしは同期のみんなと会いたかった。
    前職に対するいやな気持ちを少しでも消化するために。前職に関わるすべてのものへ嫌悪感を持ってるので、それををちゃんと分類するために。
    悪いことばかりでなく、良いこともあった。
    悪い人ばかりでなく、良い人もいた。
    悪くみえたことでも、いろんな側面からみたら仕方なかったこともあると思う。

    そんなことを、ちゃんと知りたいなと思って、同期のみんなに声をかけた。

    今日はクールガイはいないので、わたしも思い切り潔白な子のふりして、おいしいごはんを食べてきます。

    昔の仕事の話だけじゃなくて、今のことや、今わたしがだいぶ元気にやってるところをみてもらえたらなと思う(退職するかしないかのときは、みんなに迷惑かけるほど荒れてたので)。

    それではいってきます。

    追記22:10帰りの電車内にて

    そもそも、同期みんな、わたしが思ってたほど潔白じゃなかったことが分かった。

    「思い出のマーニー」を観て〜本当に仲良くなりたい相手と本当に仲良くなるには〜

    予告編も見ず予備知識もまったくない状態で「思い出のマーニー」を観てきた。以下感想を。多少のネタバレはあるかも。

    とてもよかった

    わたしとしては「コクリコ坂から」に似てる清々しさを感じた。じんわりした鳥肌が立つシーンもあった。
    ストーリーとしては、伏線がたくさんあり展開が多少読めたので、さほど驚きはなかったんだけど、かえってそういう潔さが気持ちいい。
    ストーリー展開より、どのようにみせるか。どのように心の機微に触れさせるか。そういう意味では「マレフィセント」もだな。

    マーニーが魅力的

    マーニーがとても素敵。金色のふわふわした髪と、こっちまでがにっこりしてしまいそうになる爽やかな笑顔。
    湿地の広がる夜の海に浮かぶ船の先頭で、タイタニックの女性のポーズで立つ姿がとても綺麗だった。
    アンナとマーニーの庭でのダンスも素敵だった。最近「ボールルームへようこそ」という漫画を読んでるから尚更いいなと思ったのかも。
    アンナが描いたマーニーの絵も、とてもよかった。最後、色付けがされてて、ぐっときたな。

    おじさんおばさん夫婦が理想的!

    療養先のおじさん、おばさんがよかった。
    心配しすぎず、放任しすぎず。好きなだけ遊んでうまいもん食べてたくさん寝ろ!ガハハ!という感じ。
    ちゃんと帰る場所(ホーム)として機能しているところ。
    あんなあっけらかんとした、保護者・夫婦のもとなら、どんな落ち込んだ人でものびのび、悠々と療養できそうだと思った。
    子どもがくよくよしても、失敗しても、いじめられても、悲しいことがあっても、心配しすぎず、追求しすぎず、咎めすぎず、急かさず待ってくれて、すべてを笑って受け止めて、嫌な日もなんてことない日常をの一コマだよって自然と教えてくれるような人たち。

    ポテトチップスをばりばり頬張りながらうひゃひゃとテレビを観る肝っ玉母ちゃんと、そのとなりで、のびのびと不恰好なフクロウの彫刻を楽しそうに掘ったり、日曜大工みたいな好きなことをのびのびとやってる2人をみて育ったら、ああこの世の中もさほど悪いことばかりじゃないんだなと子どもは思えるかもしれない。

    何時までに帰ってきなさい!夜遅くに帰宅すると玄関でウロウロ待ち迎え。「何してたの!?何を考えてるの!?困ってることがあるの!?なんとか言いなさい!ちゃんとしなさい!隣のなんとかちゃんはあんなにああなのに、あなたはどうしてこうなの!すきなことばかりして暮らせるわけじゃないんだから!大人になったらつらいことがたくさんあって我慢しなきゃいけないんだから。これくらいのことでくじけてどうする!お前は弱い子だ。」
    もし自分の両親・保護者がこのおじさんおばさんだったなら…、と映画を観た人の何人かは思うかもしれない。
    この夫婦はたぶん、理想として描かれているんじゃないかとわたしは思った。

    仲良くなりたいときこそ、時間をかけて知る

    うろ覚えだけど、マーニーが確かこういう素敵なことを言ってた。
    「すごく仲良くなりたいから、あなたのことを少しずつ、ゆっくりと知っていきたいの!」
    これは本当にいいなと思った。
    この人いいな!仲良くなりたい!と思ったら、わたしは猛進して質問責めしてしまうから、かえって相手を怯えさせてうまく関係を結べなかった例がいくつもある。これは男女問わず。
    焦ってしまうんだよな。
    でも、ゆっくりと、時間をかけて、ひとつひとつ相手のことを知って、自分のことを知ってもらう。
    タイミングや縁なんかを大事にし、会わない間に相手のことを想う時間が多ければ多いほど熟成し、結果的にいい関係が築けるんだと思う。

    あの人のことをもっと知りたい!
    この感情ってすごく好き!わくわくする!
    普段何してる人なんかな。趣味はなんだろ?どんな食べ物が好きかな。どんな音楽が好きなのかな。どんな人が好きでどんな生き方をしてきたのかな!
    少しずつ、ゆっくり、知りたい。

    実は、今日はスポーツジムのヨガで、同年代くらいの子に思い切って話しかけてみた。
    とても穏やかな可愛らしい女性で、わたしの「仲良くなりたい欲」が暴走しそうになったけど、今日観たマーニーのことばを思い出したので、自分を制し、名前もきかず、また来週のヨガで会いましょうと、さっぱり別れた。

    来週がすごく楽しみになった。ゆっくりとこの気持ちをあたためながら、彼女との関係を大事に築けていけたらいいな。

    その他

    最後のエンドスクロールに、プロデューサー見習い 川上量生 という文字を見かけた時は、クスっときた。

    曲もよかった。とても雰囲気にあってた。

    普段はあまり感想を書かないようにしてる

    小説、漫画、映画などで、これはいいなと思うものをみたら、できるだけ感想やあらすじを書き残さないようにしてる。
    感想を書くと、その時感じたよさが損なわれてしまう感覚がするし、すべてのよさを書ききれなくて、もどかしくなる。
    それに、その時感じたことが、記録に残したことだけになってしまう気がして、もったいないと思ってしまう。
    でも今回、マーニーの感想を書いてるのは、新たな挑戦ってことで。今のところ、さくさく書けて、もどかしさもなくて、すっきりしてる。

    たぶんここにあらすじを書き加えたら、言い表せない気持ちやストーリーが書ききれなくて虚しくなるんだと思う。

    ストーリーもいいけど雰囲気もね

    映画は、ばーん!!どーん!うわあああ!系なものや、血の気が逆流する類のものより、じわじわと震えたつような、そんな感覚を味わえるものが好き。日常系、ほのぼの系か?といわれれば、ちょっと違う気がする。
    小説も、大どんでん返しのストーリーが読みたいわけではない(漫画は別かもな)。
    たとえば、今ぱっと思い浮かんだのが、森博嗣の「少し変わった子あります」とか「喜嶋先生の静かな世界」とか。小川洋子の「猫を抱いて象と泳ぐ」とか。

    その時の自分の心境や状況で、ストーリーや感じられるものが変わってくるような、自分次第で変えられるような、そういうストーリーのものが好き。

    猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)
    喜嶋先生の静かな世界 The Silent World of Dr.Kishima (講談社文庫)
    少し変わった子あります (文春文庫)